第11話 燐介、剣術の達人と異国を論ずる①
ペリーが再度浦賀にやってくるまで、あと半年。
とはいえ、江戸の町民はそうしたことを知る由もない。黒船が実際に来ていた時には大慌てだったのだろうが、今は平穏そのものだ。
俺はそんな通りを南に、築地にある土佐藩の中屋敷へと向かっている。万次郎に言われた通り、坂本龍馬に会いに行くためだ。
本音を言うと、幕末の重要人物とは余程のことがない限り会いたくない。
うっかり変な事を漏らしたりしたら、取り返しのつかないことになるからだ。
ただ、俺の宮地家と坂本家は親戚関係にある。
俺が江戸に行ったのに挨拶に行かないとなると、「あいつは挨拶もできないのか」と親戚中からやり玉にあげられる。それだけならいいのだが、「あいつには不審なところがある」と疑われたら厄介だ。
訪ねてみると、ちょうど龍馬も中屋敷にいたらしい。すぐに現れた。
「おぉ、燐介じゃないか。まさかおまえも江戸に出て来ていたとは」
「はい。万次郎さんの供としてついてきました」
「そうか、そうか。ちょうどこれから友人と飯を食いに行くんじゃ。おまえもついてくるか?」
と、食事に誘われる。そういえば、そろそろ夕刻だし、腹が減ってきたのは事実だ。おごってもらえるということで、俺は気楽についていくこととした。
連れられたのは一軒飲み屋のような店だった。令和風に言うならちょっと古い感じの居酒屋である。
中に入ると、既に一人の青年……がいた。青年というには少し年季が立っているかもしれないが、35を超えることはないだろう。
「
龍馬が遅刻を詫びる。
重太郎……ということは、龍馬の通っていた千葉道場の道場主の千葉重太郎か。
「こいつは土佐の親戚の息子で、土佐からやってきた言うことで連れてきました」
着くなり龍馬に紹介される。
「ほう。中々面構えのいい少年じゃないか。俺は千葉重太郎と言って、龍馬君と同じ道場に通っている」
「初めまして」
挨拶をすると、早速三人で飲み会だ。
時間が早いせいか、客は俺達以外誰もいない。だから、重太郎も龍馬も気兼ねなく大声を出している。
創作などでは、千葉重太郎は龍馬の兄貴分という印象が強いが、実際にそうだったらしい。酒を俺にも勧めようとして、チラッと龍馬を見る。
「燐介君には少し早いかな」
「大丈夫ですよ。土佐の男は、三歳から酒を飲みますから」
いや、そんな話は聞いたことがないぞ。
と思いつつも、俺も転生前はビールも日本酒も行けるクチだった。
「いただきます」
と、お
ぷは~っ! うまい!
およそ半刻、三人で酒を飲むうちに話題が黒船のことになった。
この点に関しては、重太郎も龍馬も憤慨極まりない様子だ。
「重太郎さん、俺はこの剣をもっと究めて、異国の奴らを叩き斬ってやりたいんですよ」
龍馬が荒い鼻息で言えば、重太郎は満面の笑みで龍馬の肩を叩いている。
「その意気だ。俺もあの船に通用するような極意を極めたいと思っている」
極意か……。
千葉重太郎の伯父・
その昔、剣術を筆頭とする武術は多種多様な流派に分かれていた。
これは競争があって良い側面もあるが、それぞれの流派で全くやることが違うから、何から練習したらいいのか分からないという問題があった。
ついでに安全性の問題もあった。当然だが、昔は真剣や木刀を使って稽古をしていた。だから、当たり所が悪いと死んでしまったり、障害者となったりする恐れがあったわけだ。
戦国時代はそれでも良かったが、江戸時代になって太平の世になると剣術の稽古で死人が出るような事態は避けなければならない。更に場所によって修練方法が全く違うというのも不適当だ。
江戸時代の剣術においては、この二つの解決が求められていた。
安全性という点では、江戸中期以降、竹刀が開発されたことで解決した。竹刀は余程打ちどころが悪かったり、竹刀が割れて刺さったとかしない限り重傷にはならない。
そして、もう一方、剣術の方法論という点で貢献したのが千葉周作だ。
技の種類を決めたり、練習法などを決めたり、要は今の剣道に通じるような基本を作った。
誰でもできる剣道の道筋を作った人物ということだな。
そんな剣道に欠かせない人物の一族が、剣の極意を語るというのは中々興味深い。
一体、どういうものなのだろうか。
と、重太郎の方を向いていると、彼は一気に
大きく息を吐いて、俺がずっと見ていることに気づいたらしい。ニッと笑って尋ねてきた。
「燐介君は、異国人共をどうしたらいいと思う?」
へっ?
いきなりそういう話題を俺に振ってくる?
って、やばい。
千葉重太郎はもちろん、この時代の龍馬もバリバリの
だからと言って、迎合して「異国人なんて、重太郎さんなら余裕っすよ!」とかいい加減なことも言えないし。
一体、何と答えればいいんだ……?
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