第10話 ハウトゥー黒船乗船

 一か月ほどの行程を経て、俺達は江戸に到着した。


 まずは土佐藩の上屋敷かみやしきを目指す。これが現代で言うなら東京・丸ノ内にある。参勤交代さんきんこうたいで江戸まで来た藩主他要人が滞在する場所でもあり、高知城と同じくらいの待遇が用意されているというわけだ。


 ちなみに江戸に出てきている坂本龍馬は、築地つきじの方の中屋敷にいるらしい。距離にすると二キロちょっとというところだ。



 さすがに江戸の中は穏やかなものであるから、護衛達の役割は屋敷についたところでほぼ終了、以蔵達は上屋敷の連中とともに剣術の稽古を始めた。


 階層の低い以蔵ではあるが、藩主に好かれていることは伝わっているらしい、身分の違いで困ることはなさそうだ。



 護衛の役割は終了だが、俺と万次郎はここからが本番だ。


 幕府との交渉に備えて、奥座敷で作戦会議を始める。


「燐介、君は江戸城まで来るのかい?」


「うーん」


 俺は腕組みをして考える。


 理想はある程度、幕閣の信任を得て、ペリーに直接会わせてもらうことだ。


 ただ、それをやろうとした場合、幕府の連中に「こいつ、未来を知っているんじゃないか?」と思われる危険性がある。実際、豊信にはバレたわけだし、な。


 幸い、豊信は俺を利用しようとはしなかった。ただ、幕府の連中がどうするかは分からない。「鎖国さこくを維持するためには、是が非でもお前の力が必要だ。未来を教えろ」なんて強要されると非常にまずい。


 何せ万次郎もこの後、幕府から直接雇われることになるわけだから、な。未来を知っているなんてなったら、江戸城に幽閉、缶詰にされるかもしれない。


「……江戸城には行かないことにするよ」


「その方がいいだろうね。君のことを上様やご老中が知ると大変なことになる。ただ、君はアメリカに行きたいと思っていたみたいだが、それはどうなるんだ?」


 そう。問題はそこなんだよ、な。


 幕府の仲介がなければ、ペリーに会うことはできない。ペリーの力がなければ、俺が日本を離れてアメリカに渡ることも不可能だ。


 どうしたものか。


「まあ、あれだ。長崎には他国の船も停泊しているのだし、無理にペリーに頼まなくてもいいのではないかな?」


 俺がウンウン唸っているものだから、慰めのつもりもあって万次郎が優しい言葉をかけてきた。


 しかし、俺はその言葉にハッと閃くものがあった。


「そうだ! 長崎といえば!」


「ど、どうしたんだい?」


 俺がいきなり叫んだものだから、万次郎が仰天する。




 そう、ちょうど今頃、長崎にはプチャーチンが率いるロシア艦船が停泊していたはずだ。


 そして、それに乗船しようと、吉田松陰よしだ しょういん金子重之輔かねこ しげのすけが向かっているはずだが、これはニアミスとなって乗船できない。


 だが、この二人は海外行きを諦めない。来年には下田で黒船への密航を企てる。


 この計画、途中まではうまくいって黒船に乗船までは出来たのだが、そこでペリー達の説得に失敗し、強制送還きょうせいそうかんされたのは以前も言った通りだ。


 ということで史実では失敗するわけだが、黒船に乗り込めたところまで行けたのは見逃せない。半年余り、江戸の幕閣と付き合うよりは、いっそ吉田松陰の密航に参加した方がいいのではないか?


 彼らと一緒に船に乗り込み、そこでペリーにアメリカに連れていってもらうよう説得するのである。



 ただ、これも危険ではある。


 史実では、松陰は失敗して、以降ずっと獄に繋がれることになった。


 松陰は安政あんせい大獄たいごくで死刑になったが、この密航未遂の件も間違いなく影響したはずだ。


 仮に失敗すると、俺も松陰と同じ札付き者になってしまう。


 もちろん、ペリーについての情報は多い。だから、彼に「燐介は必要な人物だ」と思わせる自信はあるが、失敗した時のリスクはとてつもなくデカい。



 もう一つ、気になることがある。


 吉田松陰はこの後、松下村塾しょぅかそんじゅくを開き、後の長州藩の志士達を育てたことでも知られている。


 仮に松陰の計画に乗った場合、一緒にアメリカに行くことになって、松下村塾の存在がなくなってしまう。高杉晋作たかすぎ しんさくや、伊藤博文いとう ひろふみ山形有朋やまがた ありともはどうなってしまうのか。


 幕末史も明治史も変わりまくってしまう。



 もちろん、黒船に乗り込んだところで松陰達を裏切って、俺だけアメリカに連れていってもらうという方法もある。


 俺は二人のことも知っているし、ペリーのことも知っているから、こう持っていくこともできるが、ただ、「それはいくら何でも酷くない?」という倫理的な問題が出てくる。



「うあぁぁぁ」


「ど、どうしたんだ? 燐介?」


 色々考えすぎて混乱してきた。


 思い切り叫んで、いきなり頭をかきむしったものだから、万次郎が驚いている。


「悪い。ちょっと色々考えて、ね」


「まあ、時間はたっぷりあるのだし、慌てなくてもいいんじゃないか? 江戸には君の親戚もいるんだろ? 顔を出してきなよ」


 と、万次郎は龍馬と会いに行くことを勧めてきた。


 龍馬と会うのも悪くはないんだが、感づかれる危険性もあるからなぁ。



 転生者は人付き合いが本当に大変だ。

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