第8話 黒船来航し、江戸に向かう②

「殿、考えていただきたいのですが、本来、未来の土佐に私はいないのです」


「ふむ、そうだろうな」


「つまり、私がいる、ということ自体が未来を変える原因となります。私がいない方が、未来はそのままで済む可能性が高いのです」


「なるほど……」


 豊信は腕を組んで考え始めた。


「また、私が未来を知っているということを、他の者に知られたとすれば、利用される可能性もございます。今、こうして殿が私をお召しになっていることも他の者にとっては怪しいことでございますれば……」


 ここは武士でも上下があることが幸いしている。


 俺の宮地家は坂本家同様、元々は郷士の家柄だから、土佐藩の武士の中でも低い側である。その家の小僧が頻繁に藩主から呼び出されることに違和感を覚える者も多いであろう。


「……なるほどのう」


「私からもお願いいたします」


 おっ、万次郎が俺の側に回ってくれた。


「アメリカ船の情報について、私も燐介から教わりたいことは多くあります。多くの情報を幕閣ばっかくの方々に説明できれば、引いては土佐の立場向上にもつながるのではないかと」


 “土佐の立場向上”、この一言は効いたようだ。豊信が膝を打つ。


「よし、分かった。その方ら二人で行ってこい」


 こうして、万次郎が代表、俺がお供ということで、江戸に向かうことで確定した。




 ただし、当然だが二人で行くということはありえない。


 俺は12歳の小僧だし、万次郎は大人だが戦闘能力はない。


 まだまだ序ノ口だが、日本国内に幕末の気配は漂っていて、世情は不安定だ。

 街道を歩いていて襲われないとも限らない。土佐から派遣された者が途中で盗賊に殺されたとあっては、土佐の名折れである。


 ということで、護衛が六人ほど選ばれるが、その中に予想外の名前があった。


「い、以蔵も連れていくんですか? まだ子供じゃないですか?」


 岡田以蔵おかだ いぞう


 幕末の有名な人斬りである。


「子供って、おまえの方が余程子供ではないか」


 豊信にビシッと言われてしまった。


 以蔵は1838年の生まれというから、この年数えで16歳である。ただ、満にすると14歳か15歳。この時代だとそうではないが、令和の感覚で言うならまだまだ子供だ。


 と言いたいところだが、体格だけは十分大人であるし、筋トレが性に合っているのか、大人顔負けのパワーももっている。


「……確かに以蔵はまだまだ若いが、二か月前のあの”ほーむらん”を覚えておるだろう? 下手な大人より力強いとわしは思っておる」


 そうだった、あいつ、野球の試合で毎試合すごいバッティングを連発していて、周囲の関心を惹いていたんだった。


 豊信も以蔵のことを気に入っているのか。


 これはちょっとまずいかもしれないな。


 本来の以蔵は俺達より身分が低くて、土佐の武士階級では底辺にいたような男だ。だから人斬りみたいな汚れ役をやらされることになったわけだし、最後は使い捨てのような扱いを受けて処刑されることになった。史実上では、豊信にとってはどうでもいい存在だったに違いない。


 それがこの世界では、結構豊信に好かれている。


 これが人事に影響すると、後の歴史にも影響してくるのではないか……?



 俺が迷っていると見たらしい。


「何だ、以蔵だと都合の悪いことでもあるのか?」


「い、いえ、そういうことはありません」


 と、一応否定するが、頭の中はフル回転中だ。


 以蔵の周辺環境が変わると、やはり都合が悪い。歴史が結構変わるからだ。


 幕末土佐では、一時期、武市半平太一党を中心とした土佐勤王党が大きな勢力をもった。これが行き過ぎて反撃を食らったのだが、最終的に半平太が切腹しなければならなくなったのは、以蔵が捕まってあっさり自白したことが大きい。


 以蔵が捕まらなくて誰も自白しないとなったら、土佐勤王党が持ちこたえるかもしれない、ひいては土佐藩自体の運命が大きく変わってしまう可能性がある。



 ただ、このルートは俺が護衛を断ったからどうなるというものでもない。


 土佐に残れば残ったで、以蔵は筋トレで更にパワーアップして各種競技の花形選手として重宝されるだろう。ますます豊信に好かれてしまう可能性すらある。人斬りになるくらい剣だって強いから豊信直属の剣士として出世してしまうかもしれん。


 そうなると以蔵に暗殺される予定の奴も含めて、幕末の歴史が滅茶苦茶変わってくる。


「分かりました。以蔵についてきてもらいましょう」


 トータルで考えると、ここは以蔵を豊信から切り離した方が良さそうだ。


 出世の糸口になるかもしれないことを考えると以蔵には悪い。別に嫌いだというわけではない。


 ただ、未来が変わり過ぎると困るのだ。

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