第7話 黒船来航し、江戸に向かう①
俺が高知城に呼ばれるようになって、半年近くが過ぎた。
野球から入ったのだが、教えてみると多くの者はラグビーがお気に入りのようだった。祭りの際に男共が取っ組み合いになるようなことも多いから、その延長という感覚なのだろう。更にボールを前に投げるのは禁止、跳ね飛ばしたりするのも反則といったルールが「卑怯な振る舞いを許さぬ武士らしい競技」という評価も受けている。
ま、一番でかいのはボールが一個で済むということだろうが。
そういうわけで誰もかれもがラグビーだ。想定とは違うが、まあ、これもありだろう。「反則蹴(ペナルティキック)など邪道。奪取(トライ)あるのみ」ということで、スクラムばかり組んでひたすらトライを目指す方向性になっているだけはどうにかしてほしい気もするが。
藩主・豊信は俺が未来から来たと知っても、とりたてて未来のことを知ろうとはしない。「酒を飲むのは良くないだろうなあ」などと当たり前のことを言っていて、俺が「もちろん悪うございますとも」と答えても、酒量が減ったりしない。
ただし、俺が藩士に勧めたトレーニングには関心を持っている。
ウェイトトレーニングは長らく日本では邪道だと思われていたきらいがある。それこそ、多くの競技が真面目に取り入れたのは21世紀に入ってから始めたのではないかというくらいであるが、1853年の土佐において、多くの藩士が体幹トレーニングやら幕末式ダンベルトレーニングを結構やっている。
この前、岡田以蔵が「最近は剣の振りが三倍増しになった実感がある」と言っていたらしい。それはいいことなのだろうが、奴が数年後に人斬りになることを考えると、余計なことをしてしまったのではないかと不安になってくる。
城内では藩士達によるラグビー大会も行われるようになったが、肝心の江戸方面からは何の音沙汰もない。
ひょっとしたら、俺は黒船襲来の年を勘違いしていたかなと思いはじめてきた。幸いなことに豊信も万次郎も、「おまえは嘘をついていたのではないか?」とは言ってこないが。
しかし、六月某日、城からの呼び出しを受けて出仕すると、豊信の前に万次郎が座っていた。
「燐介よ。お主の言う通り、浦賀に黒船なるものが参ったらしい。幕府から海外の事情に詳しい者を送れと言ってきた。当家からは当然万次郎は送ることになるが」
豊信が俺の顔をしげしげと眺める。
「おまえをどうするかについては、正直迷っている」
「えっ、どうしてですか? 送ってくださいよ。変なことは言いませんって」
「おまえを疑っているわけではない」
と言いつつ、豊信はジトーッという視線を向けている。それ、絶対疑っている視線じゃないですか、嫌だなぁ。
「ただ、おまえは未来を知っているという。今後の土佐を考えた場合、近くに置いておきたいという思いはある」
むむっ、まあ、確かに、俺を傍に置いて様子を見ることで、大体見当がつくという側面はありそうだな。保険として、置いておきたいという気持ちは分かる。俺も、未来からの人間が近くにいたら、根掘り葉掘り聞かないとしても「こいつのそばにいれば安全だろう」くらいは思いそうだし。
「もう一つ、おまえが江戸に行って未来を変えることで土佐及び山内家が不利益を受けるのではないかという危惧もある」
あ~、それも確かに。
豊信は俺の態度から、自分の未来は満足できるものと思っているようだ。これは確かに図星である。豊信、後の山内容堂は幕末最後まで土佐を牛耳っていた。維新後の立場に十分満足していたのかどうかまでは分からないが、暗殺されたり、戦死したりした奴も多い中で人生を全うしているのだから悪くはないだろう。
ところが、俺が江戸で余計なことをすることで、色々と未来が変わり、ひょっとしたら土佐が何かの矢面に立たされたりするのではないか、そういう危惧を抱いているようだ。
これについては何とも言えない。
俺は今のところ、幕末維新を変えたいとは思わない。できればスポーツ観戦を楽しむ人生を送りたい。
だから、江戸で何かをしたいわけではない。ただ、ペリーに対してもちょっと脅しをかけてアメリカに連れていってもらえればそれでいいと思っている。俺がアメリカに行けば、日本の幕末の流れは変わらないし、その方がいいんじゃないかと思うのが事実だ。
ただ、俺というイレギュラーな存在が動くことで変わる未来はあるかもしれない。
バタフライ効果という言葉がある。
南米で蝶が羽ばたきすることが、巡り巡って北米でハリケーンとなるというような話だ。風が吹けば桶屋が儲かるとも相通じるものだろう。
そこまでは分からない。疑い始めたらキリがない、俺が野球やらラグビーを持ち込んだことだって影響があるかもしれない。ウェイトトレーニングでパワーアップした岡田以蔵が本来なら斬り損ねた奴を殺すなんてこともあるかもしれないし、将来的に敵対するはずだった者同士が一緒にスクラムを組んで仲良くなる世界線だってありうる。
「私はアメリカに行きたいだけでございまして、未来を変えたくないのでございます」
とはいえ、さすがにこの先、土佐にずっといなければならないというのは困る。
ここは何とか豊信を説得するしかない。
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