第6話 藩主、転生に気づく
今風に言えば、土佐藩のホープと言っていい存在だろう。
龍馬の遠縁の親戚であるから、宮地家とも遠縁の関係である。一度か二度は顔を合わせた記憶があった。
この頃は若い剣術家として知られていて、多くの者が彼の下で剣を学んでいた。
この数年後、門下生と共に
しかし、これはちょっとまずいことになってきた。
半平太は遠縁とはいえ親戚だ。彼に俺が海外のことをよく知っていると悟られるのはまずい。彼の門下生から色々な人間に伝わってしまいかねない。家族やら龍馬にも伝わるかもしれない。そうなると非常に面倒なことになる。
「と、殿……」
俺は半平太に聞こえないよう、小声で豊信に呼びかけた。
「む?」
と、こちらを振り返った豊信は、俺の顔を見て「ははぁ」と何かを理解したような顔になった。
「皆まで言うな。わしに任せろ」
掌をこちらに向けて、黙っていろというようなジェスチャーをしている。そのうえで半平太の方を向いた。
「先ごろ、ちょっとしたことから海外のことを知るようになって、な。これはアメリカの軍で行われているという教練だ」
紹介が終わると、「燐介!」と俺のことを呼びつける。
「ははっ!」
「いい加減に理解できたか? 何度も説明するのは疲れるのじゃ」
「……え?」
見上げると、豊信がニヤッと笑い、小声で囁く。
「お主は手伝いに来た小僧じゃ。奴らにも規則を説明せい」
あ、なるほど。俺が教えたのではなく、俺が教わったという形に入れ替えたわけか。山内豊信、理解があって有難い。
俺は「ははーっ! 理解いたしました」と頷いて、半平太のところに駆けていく。そこで半平太も俺のことに気が付いたようだ。
「宮地んところの燐介ではないか」
「はい。今回、規則を説明します」
「お、おぅ。分かった……」
何と言っても、殿様の命令である。半平太も後ろの面々も素直に従った。
俺は半平太達にルールを説明し、しばらくしてから集められたもう一チームにも説明をした。
そのまま、プレイボール。
主審は俺、副審も……俺だ。
さすがに審判のルールまで説明する時間はないから、俺がやるしかない。
そんなこんなで、土佐藩の紅白戦のようなものが始まった。
最初ははちゃめちゃだったが、少し進んでくると参加者もルールが飲み込めてくる。四回以降は非常にスムースに進んでいった。
豊信もまずまず満足したようで、「次回はもう少し良い道具を揃えよう」と言って、お開きとなった。
両チームのメンバーは帰っていったが、俺だけは残るように言われて、今、畳の上にひっくりかえっている。
疲れた。
審判を一人でやって、体力的に疲れたということもあるが、半平太に何か疑われていないか不安で、精神的にぐったりと来ている。
「ご苦労だったな」
そこに豊信が入ってきた。俺は慌てて起き上がり、正座しようとするが。
「構わん、疲れたのならそのままで良い」
と言い、上座にどっかりと座る。
「最初はさっぱり分からんかったが、少し分かってくると中々に面白いものであった。他にもこのような教練はあるのか?」
「はい。世界には多くの教練がございます。そのうち、違う競技も説明します」
「うむ。楽しみにしている。ところで」
「はい」
「わしや万次郎にはアメリカのことを言いながら、身内である半平太には言いたくなかったようじゃな?」
そう言って、ニヤッと笑みを浮かべた。
チッ、俺が気づかれたくないと思っていたことが完全にバレていたらしい。
俺が返事をすることは期待していないらしい、豊信は自分の話を続ける。
「わしが思うに、おまえは未来が読めているのではない。恐らく輪廻して、先の未来からやってきたのではないかと考えておる」
げげっ!
俺が転生してきたことを見抜いた、だと?
幕末
俺はひっくり返ったままの状態で、上目遣いに豊信を見た。
特に表情に変化があるわけではない。楽しそうな顔はしているが。
「半平太に気づかれると、何かまずかったのか?」
「……この先が、大きく変わるかもしれないと思いました」
バレてしまった以上は仕方がない。大きく変わらない程度には妥協するしかない。
「なるほど……。ということは、この先に待つ未来はあまり悪いものではないわけか」
豊信がつぶやいた。
「悪い未来なら、こんなところでひっくり返っておらずに、未来を変えるために努力するだろうからな」
「……そうですね」
俺も豊信に応じる。
ただ、これはひょっとしたら嘘かもしれない。
史実では、武市半平太と土佐勤王党は悲惨な最期を迎えている。半平太は切腹することとなったし、勤王党のメンバーの中にも斬首やら切腹したものが多くいる。
俺はそれを見殺しにするつもりなのか、と聞かれたら「そうだ」と答えることになる。
助けられるものなら助けたい。それは当然だ。
だが、そのために歴史が変わり過ぎて、制御できないことになっても困る。
それに、俺ごときが介入して、人の生死を変えていいのか。そういう思いもある。
彼らが死なずに済むということは、別の誰かが死ぬことに繋がるのだから。
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