第4話 燐介、土佐藩主に野球を講ずる①

 嘉永六年・年初。


 記憶に間違いがなければ、この年にペリー率いる艦隊が浦賀うらがに来るはずだ。


 で、アメリカからの開国要求に仰天した幕府が事情通を求めて、万次郎が招聘される。俺は万次郎にくっついて江戸まで向かい、今度はペリーをうまく驚かせて、アメリカまで連れて行ってもらおう、と言う訳だ。


 それまでの間はこれまで通り、土佐の小僧として過ごすことになる。



 つもりだったのだが……



 幕の内も開けようかという一月十四日、城から五人の使いが宮地家にやってきた。


 俺達宮地家も坂本家同様に間違っても、城から直接使いが来るような立派な家ではない。


 だから、近所から「一体何があったんだ?」と多くの人が様子を見に来る。龍馬も顔を覗かせてきた。


「この屋敷に燐介というものがおるだろう? 殿がお呼びゆえ、城下まで来てもらいたい」


 玄関口で責任者が重々しい様子で尋ねている。


 こいつはまずい。万次郎の奴、俺のことを殿様に言ってしまったらしい。妖術でも使う男だとでも言い含められてしまったのだろうか?


 うむむ、ただ、この時代の殿様山内豊信やまうち とよしげは開明的な人間である、とは言われている。あ、ちなみに山内容堂やまうち ようどうという名前の方が有名だと思うが、その名前になるのは安政の大獄の後、藩主を降りてからのことだから、現時点では豊信だ。昔の人は出世魚のようにコロコロ名前が変わったりするから厄介なんだよね。


 それはさておき、豊信は開明的な人間と言われているから、うまく説明すれば力になってくれるかもしれない。後々まで土佐で実力を持っている人だ、味方にしておいて損はない。



 そうと決めたので、俺は意気揚々と高知城まで出向くことにした。


 周りには武士が五人、囲むように歩いている。そんなつもりはないが、仮に逃げようとしてもちょっと逃げられそうにない。


「おまえ、何をしたんじゃ?」


 途中、龍馬が追いかけてきて尋ねてきた。何と答えたものかと思っていると、俺の代わりに周りの武士が「貴様には関係のないことだ」と凄んでいる。龍馬はこれは敵わんとばかり肩をすくめて、スゴスゴと引き下がった。


 ちなみに龍馬はもうすぐ江戸に遊学することになっている。俺がもし尋問を受けたり、牢獄に入れられることになったりすると、当分会うことはなくなることになる。


 もちろん、俺は幕末・維新の方にはそれほど興味はない。だから、どうしても龍馬のそばにいたいわけではないし、別にいいのだが。



 高知城についた。


 城というと天主閣をイメージするが、城の奥まで向かうことはない。


 手前にある屋敷の庭に連れられた。


「間もなく殿のおなりじゃ。頭を下げよ」


 指示が出たので、言われた通りに頭を下げる。だから、気配らしいものが何となく伝わる以外には、誰がどう座っているのか、さっぱり分からない。


おもてをあげよ」


 下げさせたり、上げさせたりと忙しいなぁと思いつつ、顔をあげた。俺を探るようにねめつけてくる男がいた。


「おぉ……」


 俺は思わず声をあげた。といっても、別に見惚れたとかそういうことではない。この顔は写真で見たことがある、という感動なだけだ。当然、彼が山内豊信なのだろう。結構若いな。万次郎より若そうに見える。


「おまえが宮地燐介か?」


「は、はい。左様でございます」


「万次郎が、とんでもない男が城下にいると言っておった。アメリカ船が今年のうちに来ると言っているそうだな? 何故そんなことが分かるのだ?」


 おのれ、万次郎。黙っているように頼んだのに、殿に告げ口していたとは。


「……それは申し上げるのが難しくございます。ただ、分かるものは分かるのだと申すより他ありません」


「ふむう……。万次郎よりアメリカのことを知っているとも申したそうだな」


「はい」


「では、そなたの知っているアメリカのことをわしに教えてくれ」


 面倒なことになってきた。大統領制とかそういうことを説明しなければならないのだろうか。いや、待てよ。


「承知いたしました。それでは、アメリカの軍隊で行われる遊戯をご説明いたしましょう」


「何、軍隊の遊戯?」


「はい。ベースボールと申すものでございまして、最低十八人の人間を必要とするものでございます」


「中々面白そうではないか。分かった、十八人呼んでこよう」


 豊信は乗り気だ。家臣たちに「二十人くらい呼んでこい」と指示を出した。



 いきなり土佐藩主に野球の指南をすることになってしまった。


 果たして、お気に召すかどうか……

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