1章・渡米を目指す幕末転生少年
第1話 転生
令和四年11月、東京・新宿の大学図書館
「よお、燐。卒論か?」
図書館に入ろうとしている俺に、同級生の
「そうだよ。お前も?」
卒論の提出期限を12月中旬に控え、図書館内は4年生で多い。
「まあね。俺は何せ題材が有名どころだから、細かいところまで調べないといけないからなぁ」
「新撰組だっけ?」
山口は、幕末維新が大好きな男だ。
当然、卒論の題材もその時代である可能性が高い。
「いや、
そう言って、明治期の日記みたいなものを俺に向ける。
文学部の学生としてはあるまじきことかもしれないが、俺は古文が苦手で、こういう昔のものを読むのは大嫌いだ。「うっ」と怯んでいると、山口は笑って日記を鞄に直す。
「大政奉還を唱えていた在野の学者にスポットライトを当てようと思ったのだけれど、中々難しくてね。燐は何のテーマだっけ?」
「俺は、19世紀のスポーツだ」
「19世紀のスポーツ?」
「そう。幕末維新とかやっている頃、アメリカでは競馬場が作られていたし、西南戦争とウィンブルドンの第一回が開催されたのは同じ1877年だ。その前年にメジャー・リーグの一方のナショナル・リーグがスタートしている。国際政治が動いていた頃、国際スポーツも産声をあげようとしていた。そういうのをまとめてみたわけ。ちなみに近代オリンピックの第一回は1896年だ。覚えておいた方がいいぞ」
山口が「へぇ」と声をあげた。
「でも、その時代だと有名な選手はいないだろ? 面白いか?」
「有名な選手はいないな。でも、調べていくと面白いものは一杯ある。例えば、アメリカの黒船で到来したマシュー・ペリー
「それはもちろん」
「このペリーの娘が結婚したのはオーガスト・ベルモントという男だが、この人は競馬に大きな貢献をしていて、この人が始めた競馬のレースがベルモント・ステークスという。ケンタッキーダービー、プリークネスステークスと並ぶアメリカクラシック三冠の一つだ。ペリーは競馬とも縁がある人間だったんだ」
この後、俺は調子に乗って10分くらい、アメリカと競馬の話を続ける。南北戦争で馬がいなくなって、新しい需要が生じたことなどなど。
しばらく話をしているうち、話題が転生のことになった。
「俺は幕末維新に転生して、日本をもっと変えてみたいな。何なら幕府の側から開国とかをうまくやってみたい」
山口はいかにも幕末好きらしいことを語っている。
「おまえも19世紀に転生してみたい?」
次いでこちらに話を振られたが、俺は少し考えて首を横に振る。
「今の知識があるのなら、1940年くらいにアメリカで生まれたいな」
「何で?」
「まず1960年代にロサンゼルス・ドジャースの監督になってワールド・シリーズを制覇する。その後、ドイツに渡ってバイエルン・ミュンヘンと西ドイツ代表監督を兼任してワールドカップとチャンピオンズカップを制覇する。70年代後半にアメリカに戻ってピッツバーク・スティーラーズを指揮してスーパーボウルを制覇する。80年代に入ったらシカゴ・ブルズの監督になってNBAファイナルも勝つ。有名な競技の優勝監督を総なめにしてみたいね。これぞ無双チーム! って感じで」
山口が呆気にとられた顔をしている。
「……現代知識があるなら、サッカー日本代表をワールドカップで勝たせる方が面白くないか?」
「おお! 確かにメキシコオリンピックで銅メダルを取ったチームを更に鍛えれば、ワールドカップに出ただろうし、現代のメソッドを導入すれば優勝できるかもしれないな!」
これが良くなかった。
この話のせいで、俺は図書館にいる間中もずっと、どうやったら1960年代後半に日本がワールドカップで優勝できるかということばかり考えていた。今ならスマホで簡単に当時のメンバーも調べられるし、どう鍛えて、どう配置したらいいか、そんなことばかり考えていた。
資料を借りた後、図書館から地下鉄の駅に向かう途中の道路でも、「フォーメーションは」とか考えていた。
突然、急ブレーキの音がした。
「えっ!?」
右側から猛スピードでミニバンが突っ込んできていた。下り道ということもありスピードは更に加速されている。
ぶつかる!
その瞬間、俺の目の前は真っ白になった。
どれくらい、気を失っていただろうか。
「オギャア! オギャア!」
えっ、一体何なんだ?
「おぉ、生まれよったか?」
「こら、龍馬! 手を伸ばしたらダメよ」
「いいじゃないかぁ。乙女姉さん」
龍馬?
乙女姉さん?
何だ? 土佐弁みたいな言葉が聞こえるぞ。
これは何かのアトラクションか?
でも、大学図書館のそばにそんなものはなかったはずだが……。
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