第五話 呼び出し
「おい、クズ。またお前のせいで街が壊されたぞ! 何やってんだよ税金泥棒!」
秋生と同じクラスの三人だった。秋生を罵倒したのが原口で、その隣に鈴木と秋山が立っている。まるでゲームにでも興じているように、三人はにやついた笑みを浮かべていた。
秋生は食べかけのサンドイッチを手に持ったまま、特に反応することもなく遠くを見つめていた。
「聞いてんのか、クズ! お前のせいで街が壊されたって言ってるんだよ! どうせまた今回も正規獣になれなかったんだろ?! いいかげん防衛局なんてやめちまえよ! 給料泥棒!」
「……俺は依頼されて働いてる。文句なら防衛局に言ってくれ」
秋生が説明しても原口は聞く耳を持たなかった。それはいつもの事だった。原口は口から唾を飛ばしながら言葉を続ける。
「は? ふざけてんのか?! お前が自分で辞めますって言えばいいだけの事だろうが! 金欲しさに戦ってるふりしてるだけだろ! ほんとお前はクズだな!」
原口は怒ったような、喜んでいるような表情で罵倒を続けた。秋生が正式に防衛局から任官された時からこの罵倒は続いている。世間のほとんどの人は秋生を忘れていたが、この三人が忘れることはなかった。
「知ってるぞ? お前んち借金があるんだろ? 前に住んでた家も売りに出てるし、なんでお前の借金のために俺が税金払わなきゃいけないんだよ、ふざけやがって! お前もお前の母親もクズだよ!」
秋生は持っていたサンドイッチを置いて、口を拭った。
「母さんのことは関係ないだろ……?!」
「は? クズのお前を生んだんだからお前の親だってクズだろうが! 親子そろってふざけた連中だよ、お前らは!」
「何だと! もう一回言ってみろ!」
秋生が声を荒げると、原口達は声をあげて笑った。
「モウイッカイイッテミロ! 馬鹿じゃねーの?! なんでお前のために二回言わなきゃいけないんだよ、バーカ!」
秋生の中で怒りが渦巻く。ウェルはその様子に気付き、顔を上げ秋生の背中を見つめる。だがすぐに興味をなくし、雑草に視線を戻した。
秋生が殴りかからんばかりの勢いで原口達に近づいていく。表情に怒りが宿り、こめかみが震えていた。秋生が右拳に力を入れる。
「ちょっと、何やってんのよ!」
突然かけられた声に秋生は足を止め、原口達も声の方を向く。
「また馬鹿な言い合いしてるの、あんたたち」
呆れた様子で女子生徒が言った。同級生の卯月だった。
「何だよ、お前に関係ないだろ!」
「風紀委員なんだから関係あるでしょ? 言獣接続者への差別はやめましょうって言ってたの忘れた?」
「……こいつが、生意気なんだよ! 何もできないくせに、偉そうに言獣なんか連れて見せびらかしやがって!」
「だからってお前に母さんまで馬鹿にされる筋合いはない!」
「何だ、お前! 何もできないクズが! ぶっこ――」
「はい、やめやめ!」
卯月が大声で両手を振りながら、秋生と原口達の間に割って入った。
「これ以上続けるんなら先公にチクるよ? あんたら推薦とりたいんなら大人しくしておいた方がいいんじゃないの?」
「なっ……!」
卯月の言葉で、原口は答えに窮する。しばらく秋生を睨んでいたが、舌打ちをして目を逸らした。
「行くぞ、馬鹿馬鹿しい……クズに関わってると時間の無駄だぜ!」
捨て台詞を吐きながら校舎の方に戻っていく原口達を見送り、秋生は息をついた。
「ありがとう、卯月……」
いくらか秋生も感情が落ち着き、バツが悪そうに卯月から目を逸らしながら言った。
「あんた、馬鹿だね。あんなの無視しとけばいいのに」
いくらか同情を込めながらも、卯月の声には呆れかえっている様子があった。今回のようなことは初めてではない。卯月が止めに入ったのも、これで数度目だった。
「だって俺……わざわざこんな所で食ってるんだぜ。校庭の一番隅っこで。それでもあいつらはここまで来る……無視のしようがないよ」
呆れているのは秋生も同じだった。四種類目の悪意をぶつけてくる連中は、こっちがどうしていたってケチをつけてくる。それもまた日々の小さな絶望の一つだった。些細なことかもしれないが、秋生の平穏な学校生活ははるか遠くにあった。少なくとも秋生にはそう感じられた。
「ふうん……まあ、どうしたって目立つしね」
卯月の視線が秋生の足元のウェルに注がれていた。ウェルは落ちている小石の臭いを熱心に嗅いでいる所だった。
「ウェル……ウィルだっけ?」
「ウェルだよ」
「ウェルちゃんね……学校に連れてこないってのは無理なんだよね」
「俺と離しておくならちゃんとした政府の施設じゃないとだめだ。でも離れると多分、こいつは泣き喚いて暴れちゃうから、こうやって俺と一緒にいるしかないんだ」
「とんだ甘えんぼさんね。犬みたい」
「犬ほど賢くないよ。食い意地ばっかりでお手もお座りもしない」
「うぁ!」
ウェルが秋生を見て強い声で鳴いた。言葉そのものは認識していないらしいが、発言した時の感情を読み取って反応している。今のは、馬鹿にするなと言ったところだ。秋生がウェルの頭を撫でてなだめると、すぐに機嫌を良くし秋生の体をよじ登り始めた。
「かわいいね。良く懐いてる」
「こいつは俺の一部みたいなもんだからね。俺の感情……魂の深い部分でつながっているんだってさ」
「あいつらも羨ましいんでしょ、なんだかんだ言っても」
「羨ましい……ね。ちゃんと戦えるんならそうかもな」
「……そのうち、ウェルちゃんも巨大化するの?」
卯月の問いに、秋生は不機嫌そうに眉をしかめて睨んだ。
「あ、ごめんごめん。別に嫌味じゃなくってさ。ほら、何回かあの空中戦艦に乗ったんでしょ? 他の接続者の人たちも一緒に。なんだっけ、ほら。あのすごい美人の金持ちの……」
「帝山さん?」
「そうそう。マジで……戦ってるんだよね、あの人たち?」
「ああ、戦ってるよ。帝山さんは後方支援の事が多いけど、戦っていることには違いない。俺は……いつか戦えるのかな」
「あんた次第……って奴? よく分かんないけどさ」
首をかしげながら卯月が言った。秋生は視線を落とし、遠くを見ながら答えた。
「そうだね……結局俺の意味エネルギー……強い感情がないと正規獣にはなれない。……でも駄目だ。俺はヒーローになれない」
そう、ヒーローにはなれない。
もしなれたのなら、何かが変わるのだろうか。この地の底みたいな最低の気分が少しはましになって、自分の周りの嫌なことが消えてくれるだろうか。外を歩けばハトが糞を落とし、トーストを落とせば必ずバターの面が下になる。父は言獣関連の事故で二年前に死んだ。借金があって家を売るしかなかった。今住んでいる借家には疲れ切った母がいて、秋生にはどうすることも出来ない。せいぜい防衛局の職員として給料をもらうくらいだ。どうでもいい事から大事な事まで不運が重なり、秋生は自分の人生に毎日うんざりしていた。
こんな人生だからヒーローにはなれないのか? 自分の事で精一杯だから、他人を守る事が出来ないのか? そう思った時もあるが、だからってどうしろって言うんだ。秋生は運命を呪う。言獣は救いなんかじゃなかった。ウェルの事は嫌いではないが、秋生にとっては新たな悩みの種に過ぎなかった。
「ヒーローね……確かにあんたはそういう柄じゃないかもね。あの、燃える土偶の人? あの人は見るからに何か、文字通りの熱血漢じゃん。テレビで見たとき笑っちゃった。目がどこ向いてんだろうと思っちゃった」
「大岩戸さんか……確かに焦点がどこにあってんのか変な目つきしてるけど……あの人は、ヒーローとしては本物だな。強い意思と力がある」
「そだね。まーとにか――」
独特の甲高いアラーム音が鳴った。秋生は目付きを険しくしてズボンのポケットからスマホを取り出した。
「げっ……」
「え、何? また怪謬?」
卯月が周囲の空を見回しながら言う。近くで火の手が上がっている様子はなかった。
「違う。まあ近いけど……」
秋生は両手で頭を抱え溜息をついた。ウェルは落っこちないように秋生の髪に噛みついて四肢を踏ん張る。
「怪謬関連の事件……現場に来いってさ」
「え? 警察から……って事? 何? そんな事までやってんの?」
「意味エネルギーの痕跡は機械でも測定できるけど、俺達なら直接目で見たり感じる事が出来る。証拠探しを手伝うんだよ」
秋生は食べかけだったサンドイッチを口に放り込み、紙パックの野菜ジュースを強く握って中身を吸い出す。ゴミは袋に押し込み、卯月を見て言った。
「悪いけど、先生に伝えといて。俺、午後も休まなきゃ」
「えー、ああ、いいけど。大変だね、色々と」
「色々とね。行くぞ、ウェル」
「うぇる」
卯月は秋生とウェルの背を見送りながら呟く。
「頑張れ……っていうのも無責任なのかな」
誰に聞くともない卯月の問いは、秋の風に巻かれ消えていった。
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