第二話 討て、ピラトリンガー
デカルト級思索飛行戦艦
一つは小さな馬の土偶。もう一つは銀色の蛇。大岩戸と帝山の言獣たちだった。
地上までは約二百メートル。重力落下をしながら、二体の言獣は意味インフレーションにより急速に巨大化し、地上に着くころには巨大な正規獣へと姿を変えていた。
もう一体がウロボロス。全長三〇〇メートルの銀色の大蛇。言獣時と大きさ以外には姿形に変化はないが、正規獣となった場合は自らの尾をくわえ環状の姿勢を取る。これにより内部の意味エネルギーを還流させ増幅することが可能で、高出力の意味エネルギーにより防壁を張ったり街を守る事が出来る。牙と巨大な体で締め上げるなどの戦いも可能であるが、誰かと組んで戦う場合は援護に回ることが多い。
大通りに着地した煌火の彦は、盾と剣を構え正面のピラトリンガーに突進する。ピラトリンガーは拒絶領域の幕を破ろうと脚による攻撃を繰り返していたが、煌火の彦に気付いたらしく脚を降ろした。そしてピラミッドの眼部が急激に光を放ち、閃光と共に光線を発射した。
直後、突進する煌火の彦の盾が轟音と共に爆発する。煌火の彦は姿勢を崩すが、しかし前進を止めることはなかった。
拒絶領域の幕が一部損傷し穴が開いていた。ピラトリンガーの光線が貫通したのだ。煌火の彦の盾は貫通こそしなかったが、表面が焼け焦げたようになっていた。
ピラトリンガーの目が矢継ぎ早に発光し光線を連射する。磐座からの意味エネルギー供給により拒絶領域は修復されるが、それよりもピラトリンガーの攻撃の方が速い。穴は次第に拡大し、素通しとなった光線が煌火の彦を襲う。
光線は盾にぶつかり激しい爆発を起こす。逸れた光線のいくつかは煌火の彦の顔や体を掠める。盾よりも強度の低い部分は削り取られたように傷ついていくが、煌火の彦は怯むことなく前進を続ける。
煌火の彦とピラトリンガーの距離は五〇〇メートル。遠距離攻撃能力を持たない煌火の彦が戦うためには、どうしても距離を詰めなければいけない。流れ弾により周囲の建物も巻き添えを食っているが、煌火の彦は一切を意に介さず走り続ける。
ピラトリンガーは光線を撃つのをやめ、前方の拒絶領域に開いた穴に近づき、そこに脚の一本を通した。そして内側に入り込み、残る体と二本の脚も領域の内側に入れようと前進する。拒絶領域そのものは高い強度をもつが、破損した部分から力がかかると容易く破壊されてしまう。さながらガラスのように、拒絶領域は一気に砕けピラトリンガーの侵入を許してしまった。
ピラトリンガーは三本の脚を動かし前進する。煌火の彦との距離、二百メートル。煌火の彦は盾を下げ、剣を振りかぶって大きく飛び上がった。
風を切る轟音と共に剣が振り下ろされる。重量を乗せた剣戟は、しかしピラトリンガーの脚により防がれた。細い脚だが硬い。そして、素早かった。
浮いた前脚が強烈な突きを繰り出す。前蹴りのような攻撃を煌火の彦は胴に連続して受ける。胴部分の甲冑が小さく陥没し、表面から剥片が舞い散る。衝撃の余波で周囲の建物の窓が割れるほどだった。だが三回目の脚の突きで煌火の彦は半身になって躱し、前に出る勢いを乗せてピラトリンガーに斬りかかった。
刃がピラミッド部分を真上から打ち据える。両断こそできなかったが、ピラミッド表面には大きな傷がつき、ピラトリンガーはよろけて後ろに下がる。
これを好機と見たか、煌火の彦は一気呵成にピラトリンガーに攻撃を繰り返す。袈裟に斬り、返す剣で下から斬り上げる。薙いだ剣を引き、そして強烈な突きを入れる。ピラトリンガーは反撃も防御も出来ないまま後方に押されていく。
足元の住居群がピラトリンガーの脚によって踏みつけられているが、そこにはウロボロスが展開する簡易固定領域が床板のように展開されていた。そのため街は踏みつぶされることもなく、ピラトリンガーの脚から守られていた。
本来であればその固定領域は思索飛行戦艦の磐座が展開するものである。しかし大岩戸が待ちきれずに言獣を出撃させてしまったため、急遽帝山が代わりに展開している。
通常であれば如何な言獣接続者と言えど単独で広範囲の領域を展開することは不可能であるが、帝山のウロボロスは環状姿勢を取ることにより内部の意味エネルギーを数十倍にも増幅させることができる。そのエネルギーにより、限定的ではあるが様々な領域を展開することが可能なのだ。
もしウロボロスの固定領域が無ければ、今この瞬間にもピラトリンガーの脚により街は蹂躙されていただろう。大岩戸に限らず正規獣が出撃する際は、帝山が一緒になることが多いのはこのためである。その分帝山の負担は大きくなるが、彼女は街を守るために弱音も吐かずに戦い続けている。
劣勢のピラトリンガーだったが、再びその目に光が集まる。先ほどまでよりも強力な光。周辺の空気が一気に膨張し弾け、強力な光芒が煌火の彦を襲う。
剣が、光を裂いた。強力なピラトリンガーの光線はまっすぐに煌火の彦の胸を狙ったが、それ故に軌道が読みやすい。攻撃を察知した大岩戸は剣を胸の前に構え攻撃を防いでいた。二つに裂かれた光は煌火の彦の後方へと伸びたが、ウロボロスの展開する簡易拒絶領域が街への被害を防いでいた。
煌火の彦が反撃に出ようと剣を振り下ろす。だが――剣はピラトリンガーの体にぶつかると半ばから折れてしまった。先ほどの光線の威力が剣の強度を越えていたのだ。
剣は空を切り、煌火の彦の姿勢がそのまま沈む。屈したのではない。これは、威力を放つためのたわみだった。
煌火の彦の握る剣が燃え上がる。大岩戸の心が燃え、その意味エネルギーが煌火の彦に乗り移る。正義の心は逆境でこそ燃え上がる。今こそ、その時だ。
沈み、たわんだ煌火の彦の体が跳ね上がる。燃え盛る剣はその炎を刃とし、ピラトリンガーを真下から斬り上げる。荒ぶる暴威を焼き払い、平らかな地平へと導く刃。
大火炎絶塵、逆打ち。
燃え盛る炎がピラトリンガーの体を焼き切り、上空へと跳ね上げる。切っ先は天へと昇り、竜のように駆けあがる。怪謬、ピラトリンガーは完全に両断され、断面から意味エネルギーを噴き出し絶命した。
二つになったピラトリンガーは意味エネルギーを噴き出す勢いで、それぞれ左右に分かれて飛んでいった。落下するのは街の上、ウロボロスの固定領域の展開が間に合っていない範囲だった。
粉砕される建物。爆発する工場。公園が抉られ、小学校のプールが割れて水浸しになっていく。そしてピラトリンガーの吐き出す意味が周辺を汚染する。指定業者による意味洗浄処置が必要となる状況だった。
煌火の彦は折れた剣を高く掲げ、一人鬨の声を上げていた。その後方ではウロボロスが舌を出したまま口を開け呆然としていた。磐座の艦長席で焚草が顔面蒼白になっていたのは言うまでもない事だった。
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