少女との出会い
《即死魔法》は悪運が強い
・・・
(……あ?私生きて……?)
光の射さない奈落の底、ごく僅かな光が差す程度の深い暗闇の中でフェイは目覚めた。既に死んでいると思っていたが、どうやらブヨブヨとした粘液に包まれたなにかの上に着地したお陰で一命をとりとめたようだ。
「っ...あああっ!!いたいいぃっ!!」
意識が戻った瞬間、脚や腕を中心に全身が耐え難い痛みを訴える。先程完膚無きまでに斬りつけられたダメージがかさ張っていたようだ。立ち上がるどころか這いずることも出来ぬまま、彼女は痛みにじっと耐えることしか出来ない。しかしそれを内包することも出来ぬまま、全身を縮ませた状態で喘ぎ咽び泣く。
「なんでだよ……私が何をしたって言うんだっ……。」
フェイは恨み言を漏らしながら、歯を食い縛って涙を流す。人に嫌われる《即死魔法》を使いこなしてはいたものの、彼女は人に迷惑を掛けることも殆どなく細々と一人でやって来た。そんな彼女にとって、今回の仕打ちはあまりにも理不尽極まりないものであった。
《即死魔法》は使うだけで周囲の気質を殺し、習得した術者や周囲の魔力を削るとは確かに言われている。その事を引き合いに出したカタリー辺りがフェイを疎ましく思ったのは間違いないのだろうと推察した。
(まず人前で即死魔法なんて使ってないし……。)
彼女も冒険者の前に人間である。《即死魔法》の禁止はギルドから言い渡されていないうえ、彼女自身も冒険者が乱立する場所では即死魔法を使わないように努めていたつもりだったのだが……他の魔法を会得出来なかった結果、《即死魔法》に頼らざるを得なくなりこの始末である。
「考えるのは疲れた……とりあえず回復しないと。」
フェイは液体が入った瓶をポーチから取り出して蓋になっているコルクを開ける。冒険者の中では言わずと知れた回復薬であり、薬草を調合したそれなりに高価なものである。
(うっ……痛みは引いてきたけど苦いなぁ。)
回復薬の異様なまでの苦さに苦言するフェイ。実際回復薬はあまりの苦さで痛みを紛らわせるもので、効能は二の次だったりする。まだ満足に動かせるほど回復はしていないが、あと数時間休めばゆっくりとだが動けるようになるだろうとブヨブヨな何かの上に乗ったまま休むことにする。
(──そういえば……これって何n)
それから暫くしてある程度痛みが癒えてきた頃、先程から気になっていた足元に目をやると同時に驚いた。
なんとそのブヨブヨな何かというのは、フェイの全身を受け止められる程巨大なスライムだったのだ。
「うわっ……!!ちょっ!!痛あっ!!」
その事に気付いて大きく飛び上がったフェイは、そのまま地面に投げ出され尻餅をつく結果となった。受け身も間に合わず彼女は痛む身体を起こし、自分の乗っていたスライムを恐る恐る見つめる。
ぴくりとも動かない辺り既に死んでいるのは明白だ。生前のような弾力は大きく損なわれていたものの、それが運よくクッションの役割をしたことで助かったのようだ。
(うわ……粘液まみれだ。)
だが自分の服にベトベトしたスライムの粘液が付着している状態にいい気分などするはずもなく、自分を助けてくれたことには感謝しながら、粘液まみれであるという耐えがたい事実からゆっくりと視線を逸らすことにした。
(……ゴミ捨て場なのかな、物凄い死体の数。)
僅かに効く光と《暗視》を働かせて周囲を見渡すと、風化したゴミ同然の骨やスカスカな腐肉、元が何なのかも分からない残飯の残骸にそれに群がる羽虫と、そこはまさにゴミ捨て場のような場所だった。
(異臭はそこまでしないけど、ずっといたらおかしくなりそう……ってか死ぬな。)
周囲の光景は異様なものあるが、疲れきってしまった彼女はかえって冷静に物事を考えられるようになっていた。
(一番手っ取り早く済みそうなのは崖を登ること...だよね。)
そう考えて上を見上げてはみるものの、気が遠くなるほどの高さに先に自分の腕が持たなくなると判断して視線を下に持っていく。どうやら早々に諦めたようだ。
次に周囲の使えそうな物が無いかを探しては見るものの、どれも風化していて使えそうにはない。生物の死骸だらけで
カシャン……カシャン……
(……?)
ふと遠くの方から骨が軋むような音がした。初めは気のせいかとも思ったが、それは徐々にフェイの方に近づいてきているようだった。こんな場所にいる奴が普通な訳がない、とフェイはすぐ近くに落ちていた自分の短剣鎌を握って構えた。
『カシャン……カシャン……。』
フェイに近付いてきたのは、かなり大きなドラゴン……の全身骨格だった。翼から尻尾までちゃんと揃っているあたり、生前にこの崖に落下しただろうということが解る。
だがそのドラゴンの一番の特徴は、首の根本から分かれた二つ首であった。
「
フェイも実際に目にしたことは無いものの、その大きな特徴と名前は理解していた。《アンフィス》は二つの首からそれぞれ属性の違うブレスを吐くことで恐れられ、魔物の危険度を表すランクではBランクに属している。冒険者の等級と魔物のランクは必ずイコールとは一概に言えないものの、討伐を推奨される等級は魔物のランクと同じである。
Cランクに成り立てのフェイでは、本来まともにやり合ったところで敵うような相手ではない。だが彼女にとってなによりの問題は《アンフィス》が骨であるということだった。
「《アンデッド》には即死効かないらしいんだよなぁ……。」
そう、相手が骨であることで弱くなったと思えば、寧ろ彼女の攻撃手段が効かないことが大きな問題であった。おまけに素で格上のドラゴンを相手にフェイは八方塞りだといった感じで苦笑いする。
「あら、珍しいお客さんね……。」
骨のアンフィス、《アンフィスボーン》から突然声がしたと思えば、妙に大人びた言動をした少女が姿を現す。どうやらその背中に乗っていたようで、フェイを物珍しげに眺めている。
「……。」
フェイは何も言えず、ただあり得ないと少女の方を向いていた。彼女の淡いピンクの髪、土気色の肌と布のワンピースはそれが本来の色であるかすらも怪しいくらい土に汚れてボロボロで、更に満足に食事も出来ていないのか非常に痩せ細っていた。そのことからかなり前からこの場所に住み続けているのが伺える。
少女は若干衰弱しているようにも見えるが、彼女の赤い瞳は生きた肉食動物のように鋭く輝き、じっとフェイを見つめていた。
(──こんなところに人?)
「はあ、此処に落とされて意識がハッキリしてるだなんて貴女も悪運が強いのね……どうせここで生き延びようが、やがて食料は尽きて死ぬ。残念なことに貴女に分け与えられるだけの食事は用意してあげられないの。」
『カラァァァァァァァァン!』
少女が申し訳なさそうに悲しげな表情を見せると、それに共鳴して《アンフィスボーン》から不気味な音が鳴る。まるで竜の咆哮にも似たそれは、フェイに対する敵意の表れのようであった。
「申し訳ないけれど、ここで死んで貰えるかしら。」
少女の突き放すような言葉と同時に、《アンフィスボーン》はフェイに向かって勢いよく前足を振り下ろした。
《即死魔法》使いというだけでソロを強いられるのはおかしいと思うので、復讐も兼ねてパーティ作っちゃいます。 分身系プラナリア @pranariathome
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