《即死魔法》は目をつけられる
──フェイは日が落ちて真っ暗になった《アグタール》の街を抜ける為、一人全速力で駆ける。突きつけられた現実から逃れるため。彼女とすれ違い、浴びせられる嘲笑と侮蔑の声から離れるために。
「はあっ...はあっ.....!!」
ずっと走り続けて脚に限界が来たのだろう。彼女は息を荒くしながらその場に座り込んでしまった。気づけば森の中であった。街からそこまで離れていない場所であり、危険なモンスターもいない。澄んだ空気と心地よい風が吹くその森で、彼女は身体を伸ばして休んでいる。いくら離れていないとはいえ、走っていくには相当な距離がある。
(……ここ二年間ずっと、師匠を越える魔術師になるって頑張って来たのになあ。)
言わずもがな、フェイは自分のMPが大きく下がっていたことにショックを受けているようだった。これまで《即死魔法》を習得したことで成長が遅くなるという話は何度も聞いてきた彼女だったが、まさかあそこまで露骨に下がるとは思わず、魔術師たちからもそんな話は聞かなかった。《即死魔法》を習得した時から他の属性の魔法を新たに習得することはなく、フェイはあくまでも致し方なくソレを使っていたというだけだった。
なにせ、ずっと一人だったから。《即死魔法》以外の魔法など殆ど使えない彼女がこの冒険者生活を保つためには、《即死魔法》に頼る他なかったのだ。
フェイは瞳から一筋の涙を流す。皆から受ける自分の扱いに、理不尽なまでにのし掛かってくる《即死魔法使い》というレッテルが、呪いのごとく自分の価値を否定する。
「なんの為に……冒険者なんかになったんだろ。」
「冒険者になった意味はあるぞ!」
自分を見失いかけていたフェイを追ってきていたのか。本来聞こえるはずのない、だが確かに聞き覚えのある声がした。彼女が身体をビクリとさせて振り向くと、真夜中であるにも関わらず黄金色に輝く鎧に身を包んだ男、アルゼドがそこにはいた。フェイは何故彼がここにと言わんばかりに目を丸く開き、驚いた表情で見上げ彼の顔を見る。
「な……なんの用ですか。」
「暗い表情をしていたものだから何かと思ったが……なあんだ、そんなことで悩んでいたんだな。」
アルゼドは気さくな笑みでフェイに近づくが、不気味なまで精巧に造られた機械質な顔と必要以上に伸ばすトーンに、フェイは怯えた獣の如く後退りする。数歩後ずさったあと、腰をひょいと上げて立ち上がった。
──嫌な予感がする。
「折角の先輩のアドバイスを無下にしようというのかね?」
「い、いえ……そうじゃなくて、あの、後ろにもう一人いらっしゃいますよね。」
フェイの言葉にアルゼドの笑みは消え、冷酷な無表情へと変わった。彼女の人嫌いな性格が災いし、自分に降りかかる視線を察知する力に優れていたのである。
「信じがたいがバレてるみたいだぞ、ベイルーン。」
「やれやれ……黙っていれば穏便に済んだのだがな。」
「か……″影の男″!」
アルゼドの後ろから、黒い外繭を全身に纏った人型の影が姿を現した。アルゼドのような目立つ外見とは反対にシンプルかつ隠密に優れた全身黒タイツか黒子に近い外見をしている。
アルゼドとは対照的に細身であり、服装のせいで余計に姿が捉えづらい。そんな彼は通称″影の男″と呼ばれる暗殺者アサシン、ベイルーンであり、彼もまたアルゼドやカタリーと同じAランクの冒険者である。彼らはパーティを組んでいると同時に《アグタール》で絶対的な権力を持っている。
「こんなガキにまで知られているとは……暗殺者として光栄と言っていいのかわからないな。」
「まあAランク冒険者なんだしそこは仕方ないだろお?光栄光栄!な!!」
「.....。」
ベイルーンとアルゼドのやりとりに口を挟むことなく、フェイは二人を睨み付ける。Cランクに上がりたての自分が対峙してどうにかなる相手でないことはわかっているのだろう。彼らに目をつけられるということがどういうことかをなんとなく理解しているからだろうか、その表情には怯えが感じとれ、全身が細かに震えている。
「それで……そのAランク冒険者の二人が何の御用で?」
二人の会話がちょうど途切れた辺りで、フェイが口を開く。
「ぁあ?雑魚の冒険者の女の子に言うことなんてひとつだろうが。まあまあ……わかんないなら仕方ない、よく聞けよ?」
アルゼドがわざとらしく咳き込み、フェイの身体を舐め回すように眺める。フェイはもしかしたらお金を奪われるかもしれないと袋に手を掛けている。
「ああ、いやお金はいい。金はいいんだよ。代わりに一回ヤらせろよ。」
「……っ!嫌!」
フェイは予想斜め上の回答に身体を固まらせたが、すぐさまその要求を拒否した。アルゼドも玩具を見つけた子供のような笑みから一転、表情がさらに険しくなる。C級ごときに自分の要求を突っぱねられたという事実がプライドを傷つけ、その事に怒りを感じているようだった。
「どうせ逃げられないってのはわかってるだろ?俺の怒りを買わんうちに従っておいた方がいいぞぉ!」
「……嫌なものは嫌だ!」
アルゼドの威圧感に気圧されながらもフェイは片手に短剣鎌ショートシックルを握り、要求を頑なに拒否する。当然アルゼドの態度は徐々に苛立って荒々しいものになるが、何度言われようとも答えを変えることはなかった。
「もういい、少し生意気なくらいなら許したが....ただでは済まさんぞ……ベイルーン!」
「やれやれ……別に俺はガキの身体は好かんのだがな。」
ベイルーンがそう言いながらも、それぞれ両手に湾曲した短剣を構えた。フェイは予めわかっていたと言わんばかりに、すぐさまその場から逃げ出す。
当然そのすぐ後をベイルーンが追……わなかったのだ。
「三十待ってやるからそのまま逃げろ。獲物が簡単に手に入っても面白くあるまい、あまり失望させるなよ?」
フェイの素早さを表すSPDは百ちょっとなのに対してベイルーンのSPDはその三倍程で、まともにやり合えば五秒と持たない。その辺りはベイルーンなりの優しさ……というよりは自身のステータスから来る絶対的な驕りだった。
(言われなくてもっ……逃げてやるよ!)
フェイは言われるまでもなく、全速力で少しでも遠くへと走った。
「……いち、に、三十。」
「っ!!嘘つき!!」
だがそんな彼女を裏切ってすぐさま追ってくるベイルーン。汚いところを熟知した大人といった感じで経験で劣るフェイに刃を向け、容赦なく襲いかかってくる。
「おいおい、これは試合でもなければ殺し合いだろう?汚くて結構。寧ろ、褒め言葉だ。」
(──ッ!)
ベイルーンは本職の剣術を巧みにこなし、フェイの腕や脚、脇腹を着実に傷付けていく。寸分狂わぬ刃捌きは彼女の顔を傷つけないように、かつ動く脚や剣を持つ腕に集中してダメージを与えていく。
「冒険者は生き汚い方が勝ち残る。パーティ外の者は、依頼を邪魔する同業他人....敵なのだ。」
「っぐう....!!!」
フェイも攻撃を弾こうと必死に腕を振るうが、片方を防ごうがもう片方に斬りつけられとジリ貧であった。切り刻まれた脚から皮膚が覗き、傷と出血が酷い。このままだと動けなくなるのも時間の問題だろう。
「──《デス》っ!!」
「無駄だ。」
剣を持たない左手を構えた瞬間、ベイルーンは勢いよくフェイの腹を蹴り飛ばした。軽々と吹き飛んだ彼女の身体は地面に叩きつけられ、森の緩やかな坂を転がっていく。
「あぐっ....!だああっ!!」
フェイの身体がごろごろと坂道を転がっていく。そのすぐ後ろをベイルーンが追いかけているようだった。
「当然お前の事は二人から聞いている。お前はどこか昔の俺に似ているようだ……。」
「どういう───ッ!?」
ベイルーンの意味深な発言に身体を起こそうとした所で身体がバウンドし、森の最奥の崖際に差し掛かった所で彼女の身体は止まった。彼女は咄嗟に崖に手をかけて、すんでのところで落ちずにはすんだ。
だが、その崖の下は奈落といわんばかりの大穴でたり、底が見えない。もし落ちてしまえば命の保証はないであろう。
「話す必要も時間もない。お前も犯されるくらいなら死んだ方がマシだろう。そんな悲惨な生にしがみついてないで、早く楽になれ。」
「まっ……待っt」
崖際で必死に手を伸ばすフェイの手を踏み、もう片方の脚を勢い良く振りかぶる。甲冑のような防具の隙間から覗く彼の目は、フェイの境遇に同情した悲しげなものだった。
「これはせめてもの情けだ。じゃあな。」
「うぐっ!!」
ベイルーンは彼女の返答を待つことなく、そのまま地面を蹴り飛ばす勢いで破壊する。フェイの身体は崖底へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます