第4話 第4ラウンド
「こないでー」という言葉の爆弾をメンヘラ娘ぶつけられた一瞬、その意図を掴めづにいた。顔を覆い、私を見ることなく吐き続けるメンヘラ娘の言葉に耳を傾ける。
『寂しかった』『家が壊れないように犠牲になった』『弟の障害が分かった時、お母さんは死にたいと言った、本気で言ってた、それがどれだけ怖かったか』『振り向いてほしかった、自分がいることに』『愛されてない事はわかってる』
メンヘラ娘が絞り出す言葉はリアリティがなく、創作の詩でも聞いているような錯覚さえした。私はひとしきり謝り続けた。謝るだけでもダメなのだろう、感謝の言葉も付け加えてみた、ありがとうと。
私も50を過ぎて様々な経験をしてきている。どちらかと言えば涙もろい方だ。心を少しでも揺さぶられればすぐに涙はこぼれてしまう。しかし、今はまったく心は揺さぶられない。メンヘラ娘の訴えに「ごめんね」をいくら消費しても、心からではない。なぜなら私には後悔がない。その時、その時全力で考え答えを出して行動し子育てしてきた。ワンオペ育児は一日一日をケガさせないように、死なないように過ごすので精一杯だ。追加で丁寧な生活、ラグジュアリーな生活空間、洗練され選び抜かれた優しい言葉まで用意できるわけはない。一人っ子なら少しはできるかもしれないが、2歳違いの二人の子育てとなるとそうは行かない。できるわけがないのだ。
思ってもいない「ごめんね」の言葉をどう受け取ったのかわからないが、メンヘラ娘は部屋に帰り、リビングは静寂になった。立ち尽くす旦那と私。目を合わせると、苦い顔をして旦那が首を振る。旦那が「何がいいたいのか分からない」と言うので、「愛されてなくて寂しいらしいよ」と私は言った。
そもそも、「愛される」とは何色でどんな形なのだ。
メンヘラ娘が「それはピンク色でハートの形をしている」と思ってたなら、
旦那の「愛する」が水色の四角で、私の「愛する」が黄色のスペードだと、メンヘラ娘は「愛されてない!」と言うのではないか。
日常生活の中では「愛する」を意識してなどいない。美味しいと言ってくれるご飯を作り、汚れた部屋を掃除し、洗濯をする。食べこぼした床を黙って拭き「よく食べた」と褒める。汚れたら着替えさせ、いつも清潔で安心できる部屋をつくる。天気が良ければ散歩や公園に連れて行き、買い物に行けば好きなお菓子を買ってやる。
穏やかな日々が続くように、私は努力する。例え自分の時間がなくても。土日に旦那がゴルフに行くと言っても、それは仕事の一環だと言われれば承知し、休みなく穏やかな子どもとの日々を繰り返してきた。
そんな生活を続けていたが、メンヘラ娘が小学校入学を前にパートに出る事を決意する。それは旦那からの「俺の金で生活させてやってる」の言葉が刺さったからだ。
子育てもせず、家に居るのに幼稚園の入卒式、発表会を見に行く事もない。私はそれでも何も言わなかったが「時間は?車で送り迎えするよ」の言葉に我慢がならず、
「要らない。旦那さん、どうしたの?って言われるの返答に困るから」と。車で送り迎えするという役割をもらえずに不機嫌になる旦那の気持ちまでフォローできる余裕はなかった。そういうイザコザはいくつもあったかも知れない。それで一時不機嫌になる父親、母親はあっただろう。他人同士が一緒に生活していくというのはそういう事だ、何もないに越したことはないし、何もないかのように私ももっと我慢して、すべてに対応できれば良かったのかも知れない。
週2~3回程度のパートは学校に行っている間に出来たし、子どもとの距離を持つためにも心地良かった。売り言葉を真に受けての行動ではあったが、社会や人との繋がりを持てるきっかけとなった。考える、創り出すというクリエイティブな内容の仕事は楽しく、年齢層も様々で楽しむ事ができた。家事と育児と仕事というタスクは増加したが、子どもに寂しい思いをさせるほどの負担だったとも考えにくい。
本当に私の一挙手一投足だけで、メンヘラ娘は愛されない事に悩み苦しむ必要があるのか?
メンヘラ娘が5年生の頃はお風呂で1時間近くも過ごし学校の話や愚痴を聞くこともしょっちゅうあった。その間、アスペ息子は一人でテレビやゲームをして過ごしていた。片方に注力すると、片方は一人で過ごすしかない。それがワンオペなのだ。
子どもが大きくなっていけば行くほど責任は重いものとなっていった。食べこぼしを拭き、怪我がないようにと世話する子育てから、子どもの夢や希望、好きな事、得意な事を引き出し、伸ばすという子育て、それらの育ちに応じた進路や受験へと次第に変化していくのにも応じ、情報を入れ、自ら学び、子どもに知識を与えながら選択肢を広げていった。誰の為にと言われれば「子どもの為に」と答えるだろう。
私はこのような行為全てが「愛情」のつもりだった。
強く言っておく、「つもり」だ、それらが「ガラクタ」なのか「いいもの」なのか実際に私は知らない。
これまで、信じて疑わなかった「子どもの為に」が実は「自分の為に」だったのかと初めて考えたその夜、娘の彼氏からlineが届いた。
「メンヘラちゃんのお世話がしたいので、今夜泊ってもいいですか」
メンヘラ娘の反抗期 @zuechon
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