第3話  第3ラウンド

メンヘラ娘から「お父さん迎えに来て」と呼び出されるようになったのは、半年ぐらい前からだったか。娘が大学三年生になり通学が都心のキャンパスとなっていた為、駅前で座り込んでいる娘を迎えに行くにはさほど時間を要すことはなかった。成人式を終えていた事もあり、居酒屋でしばし娘の話に耳を傾けた。勉強を頑張っている事や、ゼミの事などコロナ渦となって変化している世の中の影響を受け、入学式もなかった可哀想なメンヘラ娘世代。サークル活動も鈍化して自分の学生時代とは全く違う学生生活を感じながら、時代を引き算し聞き役に徹した。そのうち話題は家庭の事となり嫁とアスペ息子の事へと続いて行った。同居しているとは名ばかりで、家のリビングを占拠し自分の場所だと言わんばかりに広いリビングテーブルの上には私物を広げ、リビングソファーもわが物とばかりにベッドとして生活していた。食卓を占拠され、嫁は隣の和室にちゃぶ台を出し、子どもと3人過ごしている始末だった。子育てに手を貸すこともなく、仕事して稼ぐのが自分の役割なのだと信じて疑わずにいたが、この話を聞きながら足元を見つめなおす自分がいた。


昭和一桁生まれの父は堅物だが、話を聞いてくれる優しい人だった。両親はともに長野の出身で、実家が八王子にあるのは中央自動車道のインターがあり、帰省のアクセスを考えての事なのだと運転免許を取るころには気づいていた。昭和の好景気、円高と夢のような時代に銀行員だった父はその実30歳を前に一軒家を注文で建てた。自分は何の不自由もなく、小学校、中学校と成長し、学区で上位の公立高校に進学した。集中して受験勉強をしろと煩く言う母親の言葉も聞かず続けられる最後まで軟式野球に没頭し、肘は壊すまで使い手術をしたほど夢中で投げていた。高校に進学しても好きな野球を続け、周りが大学受験に向かっている時も母親の助言も聞かずに思うがまま部活を続けていた。そんな状況だった事もあり、現役では地方の国公立しか受からず、すべり止めのMARCHも進学する気になれず、浪人を決めた。翌年の受験でも希望の国公立には手が届かず、結局難関私立へ進学する事にした。


子育てや家事全般を母親が行い、父親は要所の決断のみ下すという生活しか見てこなかった事もあり、自分はそれが『普通』なのだと信じて疑わなかった。子どもたちの学校行事では父の日と運動会を少し見に行く程度で入学式卒業式に会社を休んでまで出席することはしなかった。時代は夫婦揃ってにシフトしてきていたのは分かっていたが、嫁や子ども達に請われなかっただけでなく、率先して出席しようとも考えなかった。そんな事を思い返しながらメンヘラ娘の話を聞いていた。


話を聞き終えて、自分は娘の愚痴を聞けばいいのだ、言えばスッキリしてほとぼりも冷める。嫁とはドライブだなんだと出かけて行くし、カフェでお茶などして仲良くしているじゃないか。アスペ息子は男の子だし思春期なのだから多少考えの違いはあるし、ベタベタと仲良くするのとも違うだろう。家族の不満などどこの家庭にもあって

珍しい事ではない。まして、我が家に於いてはメンヘラ娘の遣りたい事には積極的に応援してきた。気象予報士の資格が取りたいと入会金と学費、赤坂までの交通費を嫁が必死で捻出した事もあったはず。あれは数か月でメンヘラ娘が力量のなさを実感して静かにリタイアしたと記憶している。何を要望しても実現できる方法を考え動いてきた嫁にメンヘラ娘がそこまでの嫌悪感を抱く意味を、自分はまだ理解しきれず、娘と帰宅しマンションの鍵を開けた。


あれから同じような呼び出しを受ける度に自分はメンヘラ娘の話に耳を傾けた。

そして、今日は何度聞いても、何が言いたいのかわからない。

泣き叫びだした娘の様子に呼び出されて行ったファミレスの店内で視線をむけられる事となり、自宅に向かった。家に入るのは嫌だと言うが、家しかない。嫁には「クルナ」と合図を送ったが、メンヘラ娘のあまりの発狂ぶりに嫁も何事かと部屋に入ってきた。

母親として当然なのだが、メンヘラ娘には一番逃げてきたシチュエーションに最大値の叫び声を上げて暴れだした。


嫁は何も知らずにメンヘラ娘の味方を続け、なだめようと必死になっている。

自分は嫁に不満を持つ娘を知っているにも関わらず、娘をなだめる術を知らず途方に暮れていた。

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