第3話 その後

そもそもなぜ、洗剤を食べるようになったのだろうか?吐いた後の飢餓感と、ものを食べたくないという拒否感との折衷案が、洗剤を食べてみようといういきさつだったように思う。けっしておいしい訳ではない。むしろ身震いするくらいしょっぱい。しかし嘔吐する時の胃酸のにおいが違うのだ。ブクブクと洗剤チックになる。さわやかに嘔吐できる。喉越しがいいのだ、言い換えると。ビールの感想みたいだが。



自傷行為にも近いのかもしれない。玲美はリスカはしなかったが、わざと体に悪いものを入れることで、自分を傷つけ、吐いた後の苦しさに身もだえ、かわいそうな自分を演じ、ダメな自分に罰をあたえていたのかもしれない。そのせいで吐いた後は、うつの気分になる。死にたくなる。



でも結局は、手に取れるものが洗剤だっただけだろう。それくらい保護室は厳しいところだ。何もない空間がこんなに恐ろしいなんて。



もう看護師の巡回の時間だ。トイレはきれいにしている。ぬかりはない。自分の部屋の番になった。顔をみるなり看護師は言う。


「玲美ちゃん、どうしたの?なにか変なものたべてるね」


びっくりした。なんで?ばれてるの?


「いえ、別に食べてないですけど」


とりあえずごまかしてみる


「いやいや、その口元!バレバレだって」


口を触るとざらざらとアタックの粉がついていた。あたしゃアホか!



それから芋づる式に洗剤を食べていることが露見した。当然怒られ、ランドリーも使えなくなった。こうして、唯一の心の支えが失われたのである。そこからは地獄だった。絶え間ない虚無感と強烈なうつ。閉鎖された空間に閉じ込められる恐怖。強い薬で頭は真っ白になり、ただ一つ


「倫太郎に会いたい」


という気持ちで生き延びた。



それから数週間、玲美は頑張った。ようやく退院の日を迎えるにあたった。今の薬は以前より弱くなっていると言うが、もやが、かかったような、感じは、する。ああ、倫太郎は実在するの?この愛が幻だなんて思いたくない。家路につく途中、早く洗剤を食べたいと思っていた。退院した以上、拒食症は治ったものと思っていたし、これからは、また洗剤や柔軟剤とうまく付き合っていけばいい。どうにかなるんじゃないかと思っているし、もう入院はこりごりだ。帰ったらまず液体のボールドを試してみたい。どんな味がするのかな?



家に着いた。家族はあたたかく迎えてくれたが、倫太郎はいない。やはり想像の恋人だったか…。傷つく玲美は知らない。庭の奥から「倫太郎」と書かれた首輪を付けた、体重80kgはありそうな秋田犬が走ってきていることを。そして洗剤を吐くことも立派な拒食症であることも。おまけに洗剤依存症も付いてきていることも。そして今ボールドはジェルタイプになっていることも。


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洗剤を食べる女 レイジ @reiji520316

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