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 二〇二一年十二月一日、秋葉原――。

 東京もコロナが収束しつつあり、もうじき訪れるクリスマスに向けて街は少しずつ活気を取り戻しつつある。ここ秋葉原でも街灯が輝きを一層増し、イルミネーションが至る所で点灯し街全体が輝いているように見える。街はどこもクリスマスムード一色で、電気街のお店はどこも年末商戦で、ここからが勝負と言わんばかりに、お祭りムードを一層高めスパートをかけ始め、クリスマスプレゼントを親達に売ろうと躍起になっている。子どもが物をせがんだらついつい買ってしまうのが親というものだ。その親の弱い心理につけこめるクリスマスシーズンを逃す手はない。


 夏目柊二は今日は午後からの出勤だ。秋葉原駅の南西の万世橋の近くに位置する警視庁秋葉原署で勤務する警察官だ。今年の四月から秋葉原署に異動になり、まだ間もない。それまでは池袋の警察署にいたが異動に伴い今いる秋葉原に引っ越して来た。理由は仕事に全力を注ぐためであり、通勤時間と満員電車に揺られて通う労力を節約するためで、仕事に対する思いは人一倍強いと自負している。署内では強行犯係として街の凶悪犯罪、性犯罪を扱う部門に所属し階級は巡査部長である。

 これまで秋葉原の街は仕事でパトロールすることはあったが、建物の中に入ってくまなく見て回った店はあまりない。十時半を過ぎた所で、午後からの勤務に向けてまだ時間はあったが、中央通りもその裏通りもほとんどの店がまだ開店していないようだった。人通りも少ないせいか寒さが一層身に染みる。どれもこれもコロナの煽りなのかと思いつつ歩いていると、突風が吹き始め冷たい風が肌の先まで染みた。夏目はこの冬の寒さも秋葉原では初めて体験するもので新鮮だった。

 裏通りを散策していると、すでに開いていた電気店があったので、大音量と電飾に惹かれ、初めてその店に入ってみた。その店は秋葉原に数多くあるソフトウェアを扱う店の一つだった。自動ドアから入ると聞いたことのないアニメーションの音楽が方々から聞こえてくる。一階はテレビゲーム本体とそのソフトウェア、そしてアニメのⅮⅤⅮやブルーレイが置かれている。新品が揃えられていたが興味が沸く物は何もなかった。キョロキョロしながら歩いて行くと店の端付近の天井が開けたエリアから大きな螺旋階段が三階まで伸びているのが見えた。興味が沸き、引かれるように階段を登ると、二階は全てアダルトショップであることがわかった。後でわかったことだが、二階は中古のアダルトソフトとイメージビデオが、三階は全てそれらの新品のソフトが置かれていた。

 夏目は二階に到着すると周りを見回すやいなや目を見開いて立ち止まってしまった。そこには目を見張る光景があったのだ。その店もオープン直後だというのにすでにたくさんの客が一列を作っていたのだ。まずアダルトショップに客が大勢いること自体珍しい。多くが三十代くらいの男性客だったが、中にはこれから丸の内のオフィス街で働くであろう出勤前に違いないフォーマルスーツを着た髪が薄くなっている五十代くらいの客もいた。

 その客達がなんと最奥のレジから二十人程の列をなして並んでいるのだ。朝も早くからこのような場所で客が並ぶというのが何とも不思議な光景で、夏目は自然とその理由を確かめに二階店内を散策し始めた。すると一人のレジ待ちの客が手に持っている物を見た時、頭の中でその謎が解け徐々に腑に落ちていくものがあった。そのソフトウェアはなんと枚数限定の生写真付属の限定ソフトだったのだ。しかもそれだけではない。その店舗の特設エリアである四階で行われるイベントスペースで後日行われる、主演女優本人が登場する新作ソフト発売イベントに参加できるチケットが付属していたのだ。さらに特典がありⅮⅤⅮを一枚買うと女優の私服姿を撮影できる権利が、さらにもう一枚買うとツーショット撮影までできてしまう。ただし新品ソフトに限るというのが何とも商売根性が座っている。そうだからだろう複数新品ソフトを持っている客も大勢いた。

 今ならネットで観れるというのに、そういう事情があるならと夏目は頷かざるを得なかった。スクリーンの中に登場する女優と実在する女優との差があるというのは少し想像したらなんとなく納得がいってしまうのだった。

 そしてこの東京駅が目と鼻の先にあるこの秋葉原という街は、まだまだ経済活動が活発で元気なのだとわかり安心した。活気を取り戻しつつあるのかもしれない。衣食住以外のいうなれば不要と言ってもいい物がこんなにも多く売れるのだ。サービス業が活発というのは東京ならではのことである。その後適当に二階から三階を、全体を縫うように練り歩き一階の元来た出入り口から外に出た。面白いものがただで見れてなんだか得した気分になった。

 十一時になると、秋葉原のほぼ全ての店が開店し始めた。夏目は安ければ欲しいと思っていたニンテンドースイッチのゲームソフトが二本あり、中央通りにあるそれもまた初めて行くゲームショップに入ってみた。すると入口から入って右手すぐの突き当りに、お目当てのソフトが見つかった。中古でかなり安い値段で販売されている。それも二本同時にだ。すぐに大手ネット通販サイトの値段と見比べると、どちらのソフトもネットで買うよりこの店で買う方が数百円安かった。詳しく比較してみるとだいたい送料分がネットで買うより安いとわかった。

 夏目は悩んだ末に両方購入した。掘り出し物を見つけてご満悦だった。

 よしっと気分良く腕時計を見ると、丁度仕事の開始時刻に近づいてきていたので歩いて数分の所にある秋葉原署に足取り軽く向かっていった。

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a Constant or Variable (限定公開) 塚田誠二 @Seiji_Tsukada

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