きのみinわんだーらんど その④(完)

「早く目覚めろにゃ……」


 かがり火が暗い街並みを所々明るくする夜中、きのみは泣いていた。

 夢だというのは分かっている。

 なぜならば。


「なんでスライムになってうろうろしているにゃ……」


 目覚め、麻袋からい出たきのみは、なぜかピンク色の可愛らしいスライムへと変身を遂げていた。

 ぽよんぽよんと可愛らしい音が石畳を打ち鳴らす中、その可愛らしくついた二つの目から、滂沱ぼうだの涙があふれていた。

 周りには誰もいない。

 あのむさくるしいゴンザレスもいない。

 思った以上に、彼が頼りになっていた事実に気づき、ぶるぶると震える。


「もう嫌にゃ……」


 試しに家の白壁しらかべに身体をぶつけてみるが、痛みもなく、ぽよんと元の位置に打ち返ってくる。

 もうダメだと心が折れかけたその瞬間、街路の奥からカンテラを持った人影が近づいてくる。


「あ、居た居た。もう、迷子になっちゃったの?」

「誰にゃ……」


 カンテラの灯りに照らされたその姿は修道服を着た、声色から年頃の女の子のように思えた。

 彼女はいつの間にか背中に貼りついていた密書を剥がすと、ふふ、と笑顔を浮かべる。

 

「私は、――だよ。お手紙配達ありがと。これであなたのお役目はおしまい」

「おしまい、もしかして帰れるにゃ?」

「うん。いつかまた、会えたらいいね」


 その刹那せつな、ぐるり、と視界がじ曲がる。

 そして、次の瞬間、つけっ放しだったテレビのアニメで、同じセリフを放つ少女が大写しで映っていた。


「お。お。お」

「おきたにゃー-------!」


 いつもの見慣れた部屋、見慣れた配置、見慣れたゲーム機の左右が取り外し可能なリモコン。

 そこは間違いなく、きのみの部屋だった。


「うっうっ……、一時はどうなることかと思ったにゃ……」


 激しい胸の動悸どうきは、どくどくと鳴り止まない。

 それが収まって来るにつれて、ふふふ、と笑みがこぼれる。


「最後変だったけど、もうちょっと見てたかったにゃー……」


 一度も行ったことのない場所で、まるでどこかの誰かになったような形で生きていく。

  たとえそれがひと時の、ちょっと怖いものであったとしても、凄く貴重で、素敵な経験をしたのかなと。

 そう、きのみは崩れていく夢の欠片を楽しみながら、二度寝を開始した。

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日常のとある。 南方 華 @minakataharu

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