第47話 ハクヤク・ドラゴン誕生
(ハクヤク視点)
我が悲願ならず。
師よ、不肖の弟子を許したまえ。
願わくば、もう一度、生あらば、今度こそ必ずや成し遂げん。
そして、俺は憎しみに満ちた目を一身に浴び、なますのように切り刻まれた。
目の前が赤く染まり、真っ暗になり、終わった。
そう思っていたのだが……。
「応援してるよ。これ、あげるね」
青い衣に純白の外套を羽織った青年が目の前に立っていた。
その瞳は血の色に染まっているのに不思議と嫌悪感は湧いてこない。
青年いうにはまだ、あどけなさが抜け切れていない少年のような印象が強いせいだろうか。
白銀の槍を半ば、押し付けられるように受け取ったその時だった。
鈴を転がすような声が「もうっ。早く、行きましょ」と聞こえてきたのは……。
涼やかでありながら、怒りをはらんだ声に青年は焦りを隠せず、「じゃあ、俺行くね」と……。
何だ、これは!?
霧がかかったように白く、染まっていく。
「へくしゅ。寒い……」
俺は水辺に一人、佇んでいた。
海なのか、湖なのか、分からない。
冷たい風に晒され、寒気を感じたのも無理はない。
俺は裸だった。
何も着ていない。
手には青年から受け取った白銀の槍が握られている。
全裸で槍を手にしている。
これでは変質者ではないか。
「おとなしく、来てもらおうか」
嫌な予感はしていたのだ。
変質者にしか、見えない恰好をしていれば、こうなることは!
案の定、武装した兵士の一団に取り囲まれ、連行される羽目になった。
天水でも滅多に見かけることがない毛色が異なる異民族に似た髪の色をしているようだ。
体格も大柄でがっしりとしているが、見ている限りではいわゆる雑兵の類にしか見えない。
連行される道すがら、見えた非武装民にも大柄で鉄製の刀身や黄金細工のような色をした髪の者が多かった。
そして、俺は牢獄へと放り込まれた。
せめてもの情けと言わんばかりに粗末ではあるものの着る物を渡されたが、この牢は地下にあるのか、非常に肌寒い。
冷涼な気候の天水で育ったとはいえ、涼しいで済むような寒さではない。
しかし、不思議だ。
彼らは異民族の者らしいが、何を喋っているのかと理解が出来た。
そればかりか、俺の言うことを向こうも分かってくれているようだ。
普通に意思の疎通が出来るのはどういうことだろうか?
手にしていた銀の槍は当然のように没収されている。
それも致し方あるまい。
全裸の男が槍を持っていれば、俺でも同じ処置をしただろう。
責めるつもりはない。
俺が悪いのだ。
いや、本当に俺が悪いのか?
目が覚めたら、あんな風になっているだけでも悪いのだろうか?
「出ろ」
意味のない自問自答をしていた俺だが、無情にも現実に引き戻された。
牢に入れられてから、それほど経っていないのに釈放というのも解せぬ。
まさか、何の裁可も行わずに処刑でもする気か?
ありえんことではないが、こちらは無手だ。
武装した兵を相手に抗うのは、難しいものがある。
如何に技量の差があったとしても成功率が高いとは言い難い。
危険な賭けに出ることもあるまい。
殺されると決まった訳ではないのだ。
むしろ、俺は一度、死んだ身ではないか。
何を恐れるものがあろうか。
ところが俺の予想は見事に外れていた。
丁重に扱われただけではなく、湯浴みで体をきれいにされ、着替えまで渡されたのだ。
どういうことかと戸惑っているうちにあれよあれよという間に仕立て上げられた。
この土地の者と同じような装束に着替えさせられ、通されたのは謁見の間としか、思えぬ部屋だ。
全く、状況が把握出来んな。
「お前こそ、我の探していた者に違いない。我が名はロース=マリー・オセ。私に手を貸せ、銀の槍を持ちし者よ!」
俺は知らぬうちに片膝をついていた。
目の前で声を上げる者から感じる圧倒的な風格にそうせざるを得なかったのだ。
女と呼ぶほどは成熟していない。
少女というほどには未熟ではない。
作り物のように美しいが、そうでないと感じられるのは彼女の瞳に強い意志を感じるからだ。
翡翠よりもやや薄い色合いをした瞳は中原ではついぞ見かけたことがない珍しいものだった。
太陽の光がそのまま、糸になったような薄い黄金の色をした髪も中原ではあまり、見ない。
「この地の民を安んじることこそ、我が天命。我が手を取れ。勇敢なる者よ」
その瞬間、俺の前に新たな道が開かれたのだ。
俺の勘違いではない。
御照覧あれ!
しかし、困ったことがなかった訳ではない。
俺の名を伝えても彼らは中々、理解してくれない。
どうにか、呼んでもらえるようになったのがハクヤクという字だ。
ロース=マリーから、「お前にふさわしき名を与えよう。そうだな。我が祖の土地ではお前のような者をドラゴンと呼んだそうだ。これからはハクヤク・ドラゴンと名乗るがいい」と言われたのはそれから、すぐのことである。
俺はハクヤク・ドラゴン。
義によって、立つ者である。
いざ、行かん。
義の戦いへと……。
それが俺の天命だ。
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