第23話 英雄エーリク

(三人称視点)


 モーラの北西に位置する大都市エルヴダーレン。


 エステルダール川の上流にあるのがエルヴダーレンであり、下流にあるのがモーラである。

 かつて銅が産出し、鉱業が隆盛を極めていた頃から、二都市間の交流は盛んだった。

 エステルダールの流れを利用し、物流が形成されていたからである。

 主産業である鉱業が斜陽となり、林業に変化しようともその関係に代わりはないように思われていた。


 しかし、終わりは唐突に訪れる。

 前領主である父親が急逝したことにより、トールヴァルドが若くして領主の座に就いた。


 トールヴァルドはダーラナの麒麟児と謳われた男だ。

 初陣で槍を片手に敵陣に単騎で突入し、敵将の首を取った勇名を持って知られていたが、その才覚は武だけにとどまらない。

 まつりごとに関しても歴代領主の中で最も優れていると噂されるほどであった。


 トールヴァルドの治世になってから、エルヴダーレンが最盛期を迎えたのは事実である。

 彼は大いなる野心を秘めていた。

 それぞれの都市が名乗りを上げる戦乱の世となっているダーラナ地方を統一し、いずれ覇を競おうと考えていたのだ。


 牙を研ぎすますべく、トールヴァルドは雌伏の時を過ごす。

 その間、ただひたすらに内政に努めたことが、彼にとって幸いした。

 エルヴダーレンはその勢力を強めていき、手始めに西の都市トランストランを傘下に置いた。


 この時、トールヴァルドの名代みょうだいとして、エルヴダーレンの軍を率いたのがトールヴァルドの嫡男エーリクである。

 当時、十五歳だったエーリクは期待に応える働きぶりを見せた。

 恵まれた体格と人並外れた膂力りょりょくによる個の力も高かったが、馬を手足の如く使いこなす人馬一体の動きこそ、エーリクの真骨頂であった。


 自らが鍛え上げた子飼いの騎馬隊を率い、トランストランの守備兵を散々に蹴散らしたのである。

 この戦いを機にエーリクの名は近隣に名を轟かせることになった。


 エーリクの名を聞いただけで降伏を申し出る村落が出るほどに勇名とも悪名ともつかぬ彼の名は広まっていったが、それは彼にとって必ずしも良い影響を及ぼしたとは言えない。

 エーリクは確かに一代の英雄であり、優れた人物ではあったものの良くも悪くも同じ勝ち方で勝ち続けたことが良くなかったのである。


 彼はいつしか、深く考えることをやめた。

 思考の停止は死を意味する。


「進撃せよ! 勝利はそこにある」


 エーリクは先陣の騎馬隊三千を全て、投入した。

 自らも愛馬を駆り、子飼いの将と共に先頭をひた走る。


 戦利品とでも言うように銀髪の美しい『女』が誘うようにいるのだ。

 それを求めぬ男は男ではない。

 それがエーリクの考えであり、求めることと奪うことは彼の中で同義とも言えた。


「実にいいっ。焦らす女は嫌いではないぞ」


 舌なめずりをして、戦場の高揚感を楽しむエーリクだがいつしか、自分達が『女』に引き込まれるようにモーラの街路をに気が付いていない。

 龐統の発案した策により、作為的に構築された引き込みの街路は路地が塞がれている。

 ある程度の距離を走らせてから、直角に曲がらせる造りになっており、その部分だけが休憩地のようにやや広くなっているのだ。


 そこは休憩地どころか、誘い込まれた者を冥府へと誘う死地に他ならないのだが目先の餌に食いついた男はそれに気付くこともない。

 走らされている間にいつしか、部隊は細く、分断されていった。


 付かず離れずの距離感を保ちながら、誘うように逃げるゴンドゥルドリーの用兵術は確かに巧みだった。

 だがエーリクの勝ちに驕り、力と兵の数を過信していたことが最大の原因と言える。


 エーリクが気付いた時には既に遅かったのである。

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