第22話 蟻地獄の計、始まる

 斥候の報告通りではないか。


 エルヴダーレンの先陣がついに地平線の彼方から、姿を現した。

 いやいや、思った以上に壮大で立派な騎馬隊である。


 遠目でも分かる立派な馬格の騎馬が揃っておるようだ。

 整然と並び、行軍してくる様も実に立派である。

 敵さんの大将は中々の器量持ちと見て、間違いなかろうて。


 兵数はやはり、報告通りに三千ほどといったところか。

 しかし、律儀というよりは愚直と言うべきだろうなあ。

 街道を行軍してきただけではなく、森に全く、気を留めていないようだ。


 甘い。

 甘すぎはしないか。

 用兵の何たるかを分かっとるのか。


 息を潜めておくようにとフランシス殿によくよく言い聞かせておいたとはいえ、伏兵という概念すらないのか。

 如何いかにこの地での戦いが正面から、ぶつかり合うだけのものが主体でもどうなんだ?

 相手が孔明であれば、気が付いていない振りをしているだけの可能性がある。

 こちらが策にはめられたもありうるからな。


 うむ、ないな。

 この相手にそのような知を感じさせるものはない。


 先陣を率いるのはエーリクという青年らしい。

 エルヴダーレンの領主トールヴァルト・ファルクマンの息子で勇猛果敢な男という評価を受けているようだ。

 伏兵にも気が付かない時点で勇猛というよりは、目の前の敵しか見えていないのだろうて。

 視野狭窄。

 猪突猛進。

 匹夫の勇に過ぎんな。




 さて、それでは『蟻地獄の計』を始めるとしようかね。


「開門」


 喧騒の中に朗々と響き渡ったドリーの声は実に華やいでいる。

 戦場に咲く華とは彼女のような存在かもしれんなあ。


 そんな感慨に耽っているとシャーナに乗ったドリーが軍旗を手に西門から、討って出た。

 続くのはおよそ百名の決死隊だが……。


「いやいや。本気なのかね」


 ワシは確かに言ったとも。

 敵の先陣の将を挑発せよ、とな。


 うむ。

 挑発ではあると思うぞ?

 正しく、挑発ではある。


 聞けば、エーリクという男。

 無類の女好き。

 その好色の酷さには父親ですら、難色を示しているとも聞いたぞ。


 だからといって、露出狂の趣味が入りすぎではないかね、ドリーさん……。


 胸部と下半身の大事な部分だけを辛うじて、隠している面積の少ない金属製の鎧に申し訳程度の外套を羽織っているだけはやりすぎだろうて。

 シャーナが駆けるたびにドリーの豊かな胸が揺れているのが遠目にも分かる。


 ワシの目が良すぎなのか?

 どうやら、そういう訳でもなさそうだね。

 敵さんもとても目がよろしいようで何よりだよ!




 先陣の騎馬隊が明らかに動きを見せ始めた。

 一軍を率いる将が一目で大将と分かる派手な鎧を付けたがるのは、土地が変われども同じようだ。

 一際、立派な鹿毛の馬に跨り、牛の角のような二本の飾りがついた自己主張の強い兜の大男が、先陣を率いるエーリクその人で間違いないな。


 ここまで分かりやすい『餌』はないと思うんだが、彼らはあんな装束の女子おなごが戦場にあるのをおかしいと思わないのかね?

 完全に食いついてくれるのは軍師冥利に尽きるのだが……。


 城門前に陣取ったドリーがわざわざ、目立つように先頭で軍旗を掲げた。

 彼女自身の大胆な恰好も作用するので効果は絶大と言えよう。

 ただ、ワシがやれと言ったのではない。


 アレはドリーの性癖である。

 ワシはそう主張したい。

 ワシの趣味であんな恰好をさせたのでは決して、ないのだ。


 さらにおちょくるように殺傷効果のまるでない矢を射かけさせるという策も授けた。

 こんなこともあろうかと挑発部隊に騎射が得意な者を混ぜておいたのだ。

 全てはこのおちょくり挑発の為である。

 当たっても苛ついた気分にさせられるだけの攻撃は、人の心を惑わす。

 かっとなった人間はさらに視野が狭くなる。


 案の定、エーリク率いる先陣は脇目も振らずに馬を駆けさせている。

 ドリーには頃合いを見計らい、最適な距離を取りながら、町の中へと退くように言い含めてある。

 領主の館までは狭く、曲がりくねった迷路になっている。

 騎馬兵の長所を殺し、大軍であることが逆に自らの首を絞めることになるだろうて。


 何の考えもなしに『餌』に喰らいつけば、いつの間にか『蟻地獄』の巣にご招待という訳だよ。

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