第21話 龐統、川と花畑を見る

 ワシがなぜ、ドリーがいなくてもモーラの兵らとの意思疎通が出来ているのか、不思議に思わんかね?


 ドリーがいなければ、何を喋っているのか分からず、こちらが喋っても理解して貰えんかったのがワシだよ。

 それが今では違う。

 ワシにも分かる。

 分かるのだ!

 これには聞くも涙語るも涙の辛いお話があったのだよ。


 そう。

 ワシが目を閉じている間に唇に柔らかい感触があり、ドリーが元の露出狂ド変態少女に戻っていた時にまで遡らないといかんだろう。

 ドリーの無駄に発育が良い体つきが小さい服のせいで余計に強調されていて、けしからんという話は……今はどうでもいいな?


 つまりだ。

 ワシの策を動かすには信頼の出来る人間が必要となる。

 モーラの人間は善き人々ではある。


 だが、善き人々ではあっても一朝一夕でワシの指示通りに動かすのは至難の業だ。

 だが、手足のように動かせなければ、話が違ってくる。

 そこでドリーに頼らざるを得んかったという訳である。


 この土地に住まう者にとって、戦乙女は半ば女神のような扱いを受けておるのだ。

 中身が露出狂で見られて、はぁはぁ言うような変態でも黙っていれば、バレんからなあ。




 ここで困ったことが例の言葉の問題である。

 ドリーがいなくては意思の疎通が出来んではないか!

 由々しき事態であるのだよ。


「ふふん。シゲン。これをやろう」

「何だね、こりゃ。それよりもドリー。お前さん、どこから出した?」

「気にしたら、ハゲる。シゲン。デブでハゲはさすがにいけない。ひっーひひひひ」


 ドリーが銀糸の如き、美しい髪に白魚のような指を刺しこみ、取り出したのは……飴玉か?

 幼女から戻っても笑い方は相変わらず、気味が悪いな。

 お前さん、笑い方をどうにかした方がいいと思うぞ。


「この飴を舐めれば、解決」

「ほお? 何とも汚らしい色をしておるようだが?」


 目を逸らしおった件。

 怪しい。

 非常に怪しいのだ。

 黄土色とも薄い茶色とも取れない煮詰めすぎて、焦げた糖の固まりにしか見えん。

 べっこう色では生易しい色合いである。

 普通に汚い。


 おまけに匂いもいかんな。

 これは人の食す物なのか?

 大丈夫なのか。

 お腹がうるさくなるのではないか?


「良薬は口に苦し。シゲンの国の格言。四の五の言わず、舐めろ」

「ドリーさんや。何でそういうことを知っておるのかね?」

「私は何でも知っている。私は賢い。シゲンが何歳までおねしょをしていたのかも知っているぞ? ひっーひひひ」


 神の使いだの何だのと言っていたが、実は魔や邪なる者の使いではないのかね、コヤツ。

 この魔女め! 妖女め!

 無言の威圧感にワシは抗しきれず、鼻をつまんで飴を口に放り込んだ。


 放り込んだことをこれほどに後悔する食べ物とは思わんかったね。

 鼻をつまんでいなければ、すぐに吐き出していただろうよ。

 これまでに感じたことがない最悪の食感と味だろうて。


 食べ物ではないぞ、こりゃ……。

 一瞬、川が見えたぞ。

 川の向こうにはお花畑だ!


 死んだじいさまとばあさまが手招きしているぞ。


「おめでとう。シゲン。これで言葉が通じる」

「のう。ドリーさん。ちなみにこの飴の味は……」

「吐瀉……」

「よし。ワシは何も聞いておらんぞ。わっはー」


 ドリーの話によれば、本当にそういう物で作られているのではなく、一種の黒い冗談として、そうなっただけのようだ。


 様々な薬草を煎じたら、偶々、とんでもない味になってしまったと言っている割に「ひっーひひひひ」と大笑いをしているドリーの様子を見ると非常に怪しいのだが……。

 態とそう作った可能性も否定出来んな。

 ドリーなら、やりかねんて。


 舌が破壊されるというかくも尊い犠牲のもとにワシは言葉を理解した。

 こんなに嬉しいことはない……。

 などとはとても、言えた気分ではないが敵は待ってはくれんからな!

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