第16話 龐統、蟻地獄の計を献策する

 場の空気が明らかに変化したのは分かっている。

 だが、わざと分かっていないていでそのまま、話しを続ける。

 これが肝要なのである。


 この地に住む者はあまりにもいくさの流儀を知らなすぎるのだ。

 特にフランシス殿の戦術論は戦術ですらないぞ。

 得物を手に鎧を着込み、騎馬で突撃せよ。

 ただ、前にひたすら進め。

 蹂躙じゅうりんせよ。

 あまりにも考えが足りないのではないか?

 脳まで鍛えた弊害なのかね。


 そして、話を聞く限りでは、この現象はこの町に限ったことではない。

 国どころか、文化としてそういう物が根付いているのだ。

 ワシの生まれ育った中原では一年持つかも怪しいだろう。

 タレを被ったカモがネギを背負ってきたくらいに甘いな。


「南という選択肢を消し、町への侵入経路を西だけとする。この策により、モーラの三方に回す兵力を減らすことが可能になりますな。我らは一点――西城門に兵力を集中させることが可能になる。なおかつ、相手をことで敵の殲滅が出来ますなあ」


 今、モーラが立てるべき戦術――籠城戦の心構えを披露する。

 名付けて、『蟻地獄の計』である。


 モーラは比較的、守りやすい地であるとワシは考えている。

 致命的な弱点は何といっても兵力の少なさに尽きる。

 フランシス殿を始めとした『騎士団』が、如何いかに勇猛果敢であろうとも大軍で攻められては戦局を覆すことは困難であろうよ。


 ではどうすれば、いいのか?

 簡単な話だ。

 敵が大軍であるならば、数に頼んだ利を奪ってしまえば、いいだけのことに過ぎない。


 『空城の計』に似ているが、それとはまた違う。

 食らいついた相手をもっと獰猛に誘い込み、その喉笛を搔き切る。

 そこまでしなければ、この町は守れないだろう。


「なんと! これは……凄いですなっ。それがし、こんなの見たことないですぞっ! 某は今、猛烈に感動しているううう」


 フランシス殿面倒な男……。

 ではなくてだ!

 彼は単純なだけではない。

 馬鹿が付くほどに純粋な男なのだ。


 乾いた大地の方が雨は浸透すると言う。

 これは案外、化けるかもしれんなあ。


フリンフランシス殿。ワシの指示通りに早急に工事に取り掛かってもらいたいのだが……」

「だが? 何か、あるのですかな、先生」

「そうですなあ。恐らく、なぜ、工事をしているのかと問うてくる者がおるだろうと思いましてな」

「はあ。そういうものですかな?」

「フリン殿。覚えておいてくだされ。これが戦の駆け引きですぞ」


 ドリーが横で「シゲン。軍師のようだな」と大きな目をキラキラと輝かせているではないか。

 ほっとけい、ワシは軍師だったわ!

 過去形だがな!


「その場合はですなあ。こう答えさせるのですぞ。領主は勝ち目の無い戦を前に頭がおかしくなった、と」

「な、なんですと! 某はおかしくなっておりませんぞ! プンプン」


 プンプンと怒りを表現する男は初めて、見たが見るものではない。

 可愛らしい女の子が「おかしくないもん。プンプン」なら、許せるかもしれんな。

 人の頭は何とも都合よく、解釈するものである。


「フリン殿。それが駆け引きですぞ。わざと強く見せるも弱く見せるもこれ、全てが計なり」

「は、はあ。何だか、良く分からんが先生、凄いですなっ! 早速、工事を始めますぞお!」


 そこそこは分かりやすく説明したつもりだが、分かっていなかったんかーい!

 ……と激しく、ツッコんでおきたいところではあるが、より面倒になる。

 見える!

 ワシには見える!

 分からなくてもやってくれれば、それで戦には勝てるのだ。

 良しとしようではないか。


 フランシス殿は幸いなことに素直だ。

 言うことを聞いてくれるだけでなく、すぐに動いてくれる。

 これならば、万に一つも負ける要素はない。

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