第17話 龐統、籠城を準備す

 南門の完全封鎖及び防衛を目的としたやぐら化にはそれほどの労力を使わず、作業が完了した。


 元々、それなりに堅牢な城門だったのも幸いしたと言えるだろう。

 城壁から張り出すように増設した舞台に弓兵を配することで威圧感を与えることも可能になっている。

 これだけでも十分に効果はあるのだが、まだ足りない。


 堀が完成すれば、まず南からの侵入を考える輩はこの地にいないと踏んで間違いない。

 掘削作業を不眠不休の構えで行い、順調に進んでいるようだがどんなに急いでもあと三日以上はかかる。


 西は城門の封鎖をせずに櫓化を図った。

 ただ、こちらはあからさまに威圧感を与えないようにしてある。

 特殊な造りで外敵に対してではなく、内部への攻撃に特化しているのだ。

 同様の造りを本丸と言うべき領主の館までの隘路あいろにたっぷりと設置した。


 この隘路も勿論、急遽こしらえたものになる。

 隊列を狭めて、通らざるを得ない構造になっており、領主の館までの道程みちのりを複雑にしてあるのだ。

 如何なる大軍で押し寄せようとも狭く、曲がりくねった街路では数で押し切ることは出来まい。

 気が付いた時には既に手遅れなのだよ。


 さらに西に広がる深い森に兵を伏す簡素な砦の建築も急がせている。

 見栄みばえはどうでもよく、むしろ目立たないように兵と武器を置ければいい。

 色々と捨てている分、こちらはそれほどに時間がかからないだろう。


 街路の整備にも少なくても五日。

 堀の掘削に三日で入水作業も入れれば、やはり五日はかかるだろう。

 かなりギリギリの日数ではあるが、どうにか間に合いそうではあるな。




 まず、町の改築作業に先立ってフランシス殿に掛け合い、斥候を行う部隊を新設した。

 恐ろしいことだが、彼の頭の中の辞書に偵察という単語はなかったようである。


「参考までに今までの戦はどのように行われていたのですかな?」

「接敵! 吶喊! 殲滅ですぞ」

「なるほどなるほど……これはこれは」


 水鏡先生司馬徽は好好が口癖のお人だったが、これは好ではないな。

 孫子は敵を知り己を知れば百戦して危うからずと言っている。

 フランシス殿は己の持ち味は理解しているようだが、敵を知るという意識がそもそもない。

 これでは危うい。


 如何いかに斥候が重要であるかをこんこんと諭したが、「なるほどな! なるほどなるほど!」と明るい調子の彼を見ると本当に理解したかどうかは怪しいところである。

 ともかく騎馬の扱いに長け、足と目に自信があり、なおかつ隠密行動に適した者を抜擢し、斥候部隊を作ることには成功した。


 斥候に警戒を厳にせよとしたところ、おおよそ七日間ほどかかる距離に駐屯する大軍勢を発見したというしらせが届いた。

 おいおい。

 随分と遠くまで偵察に行ったものだと驚きを隠せないが、この土地では三日かかる程度の距離は子供のおつかいらしい。


「シゲン。知らなかったのか。さすがはザコザーコ。軍師の名が泣く」

「お、おう」


 相変わらず、無表情で人の心を抉るようなことを言ってくるドリーである。

 こやつ、楽しんでおるな……。


「シゲン。楽しいか? 心は満たされたか?」

「うん? 何か、言ったかね?」

「別に……」


 モーラの住民は理解不能な作業に頭を捻りながらも実に生き生きとした様子で作業を行っていた。

 表向きには本当の理由は言えない。

 何しろ、獅子身中の虫がいるのだ。

 『領主の気紛きまぐれ』ということになっているが、彼らの様子は見ているだけでも実に好ましく、感じられる。


 故郷を思い出し、いくばくかの感傷に耽っていたワシはドリーが発した呟きを聞き取ることが出来なかった。

 無表情なのは崩していないのに不意に顔を背けた彼女が少々、気がかりではあるが乾坤一擲の勝負である。


 志を持ち、世に生き様を知らしめてこそ、大丈夫だいじょうふたる者だ。

 ワシはワシにしか、出来ぬことをせねばならん。

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