第15話 龐統、提案する

 恐らく、頭までも筋肉で鍛え上げたフランシス殿に口頭で説明をするだけ、無駄なのである。

 こんなこともあろうかとワシは準備しておいた。


 何でも知っているとでも言わんばかりに「ふふん」とドリーは鼻で笑っているが、さすがにモーラの町の地勢には詳しくないようだ。

 そこでボロキレ娘ことブリギッタの知恵を借りることにした。


 ドリーの話によれば、領主だけではなく、領主の娘ブリギッタもまた民に近い目線を持つ者であると聞いていたからだ。

 理知的に見える言動から、あの娘であれば参考になる話が聞けるのは間違いない。

 実際にはもっと戦術的な側面からの意見も聞きたいところだが、贅沢は言えん。


 あのウルリクとかいう青年は『騎士』だと聞いた。

 『騎士』というのはどうやら、中原でいうところの『士』に相当するのだろう。


 何より、騎馬を操り、的確にワシの脳天に一撃を加えた腕の良さは中々のものである。

 北方の騎馬民族の如き、人馬一体の所業よなあ。

 だが、まともに会話が成立しない相手では参考にならん。


 とはいえ、ブリギッタも少々、面倒な相手ではあった。


「手伝って欲しいの?」

「ちょっとした町の地図を作りたくてな」

「ふぅ~ん。分かりましたわ」

「手伝ってくれるか」

「ざっこざーこざーこなのですね、先生」

「は、はあ?」

「ざーこざこざこ♪」


 年下どころか、娘ほどの年齢の少女に雑魚呼ばわりされただけでも何とも言えない屈辱感である。

 それも無駄に見目麗しい少女が憎たらし気でありながら、楽しそうに雑魚を連呼してくる……いかんな。

 癖になったら、ドリーのような変態になってしまうではないか。


 ひょえ。

 隣に立っていたドリーから、無言の圧と体が凍るような視線を感じるぞ。

 これだから、女は怖いな。


「でも、先生がどうしてもって仰るのなら、手伝いますわ」

「そうか、そうか。それは助かるぞ」


 手伝ってもらう代わりに人として、大切な物を失った――素足のブリギッタに頭を押さえられたのだ――気はするが、淮陰侯韓信の故事にもあるではないか。

 男子たるもの一時の恥を忍び、大事を成さねばならんのだよ。


 ワシの心という尊い犠牲によって、モーラの町の簡略化された地図が完成した。

 描いている間中、耳に息を吹きかけるなどの悪戯をしてくるメスガキが二人ほどいたが、決して癖にはなっておらんよ。

 たぶん。




 詳細な地図は書けない。

 いくらワシが超絶怒涛の軍師であってもさすがに専門外であるからな。

 しかし、この場合、見せる相手がフランシス殿だったので簡略化された物の方が最適だったとも言えるだろうて。


 何しろ、フランシス殿は難しい書物を読み始めると僅か、数行で夢の世界に旅立てる特技を持っておるのだ。

 これは難敵と言わざるを得んよ。


フリンフランシス殿。急がねば、間に合わんのである。このままでは手遅れになるだろうて」


 ワシは執務机にモーラの地図を広げると指で一点を指し示した。

 モーラを取り囲む城壁は堅牢な部類に入るだろう。


 それに加えて、北は川。

 東は湾である。

 天然の要害といってもいい防衛に適した地形であると言える。


 城門は西と南に設けられており、街道と繋がっているが、これをどうにかしないといけない訳だ。


「南門を取り壊し、櫓に変えるべきですな。南には深い堀を掘る。これがまず、第一条件ですなあ」


 ワシの提案に執務室の空気が変わったのは気のせいではあるまい。

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