第14話 動き出す龐統

 『この町モーラは狙われている』と言えば、分かりやすいだろう。


 どうやらこの地方もまた、大いなる戦禍に見舞われているらしい。

 ワシがいた中原と同じだ。

 戦乱に明け暮れる世なのだ。

 弱き者が虐げられる非情な世界である。


 モーラの領主の娘であるブリギッタ・エークルンドが狙われたのも至極、当然の流れだろう。

 だが、戦を起こすのは下の下の策。


 戦はタダで起こせるものではない。

 対価に見合った物を得られなければ、起こした者とて無傷ではいられないのだ。

 ゆえに真に知恵のある強者であれば、戦を起こさずに盗ることを画策する。

 これこそが世のことわりと言えよう。


 領主フランシス殿は一角ひどかどの武人であり、豪傑というのは一目見て、理解した。

 あの御仁は益徳張飛殿と良く似ている。


 馬鹿力などという生易しいものではない。

 親愛の情を示そうと抱き締められて、危うく窒息しかけるなど普通はありえんのだよ。


 ドリーが集めてくれた情報によれば、個人的な資質としての戦闘力の高さは言うまでもないが、将としての力量も優れているようだ。

 一騎当千の将というよりは部隊を統率してこそ、その力を振るう英傑であるとも言えるだろうなあ。

 なおかつ、民にも慕われている。

 何と理想的な領主だろうか。


 しかし、残念なことにフランシス殿はあまりにも純粋過ぎる御仁である。

 自らが策を弄することもなければ、自らがその渦中にあるとも考えない。


 そこを狙われた訳である。


 ワシの読みが正しければ、恐らくは家中に内通者がいたと見て、間違いない。

 その内通者の手引きにより、ブリギッタ姫は敵方にさらわれた。

 ここまでは敵方の目論見もくろみ通りに事が進んだのだが、想定外の事態が起きてしまったということだな。

 賊が賊に襲われるとはね。


 こればかりはワシも考えつかんかったよ。

 孔明でも果たして、どうであろうな?

 あいつのことだから、案外こう言うのかもしれんなあ。

 「こんなこともあろうかと策を練っておきました」と……。


 ありうる。

 ありうるぞ、孔明だからな!


 いかん、孔明のせいで思考が迷子になるところであった。

 賊が賊に襲われ、姫が危なかったところに偶然、通りがかったのがワシだったということになる。

 いやはや、これもまた神様とやらのお導きとでも言うのだろうか?


 ワシも考えつかんかった捨て身の攻撃の前に賊を殲滅出来たのはいいが、面倒なことになったのは姫をさらった賊がこともあろうに助けを求めたことが大きい。

 そのせいでワシは邪悪な妖精トロルもどきと間違えられた挙句、派手に殴られた訳だ。


 賊……内通者を炙り出すのも大事だが、こりゃ早めに策を練らんといかんなあ。

 面倒ではあるが、乗り掛かった舟を降りる訳にいくまい。


 ワシもたいがいに甘い。

 そう自嘲したくなるところだが、こればかりは生まれ持った性分というものだ。


フリンフランシス殿。少しばかり、お話よろしいですかな」


 ワシはお姫様を助けた英雄として、領主の大事な客分という扱いになっている。

 ある程度は自由に行動しても咎められることはない。

 そこでドリーを伴い、領主のフランシス殿に直談判することにしたのだ。


 何しろ、ドリーがいないと言葉が通じないので仕方ない。

 ドリーを連れていると「あらあら、まぁ」という温かい視線を向けられるのが何ともこそばゆいのだがね!


「これはこれは先生!」

「ぐほお」


 フランシス殿の親愛を示す動きが激しすぎる。

 体当たりからの骨折りとでも言おうか。


 彼が見上げるような大男で圧倒的な体格差があるのも影響しているが、力加減というものを知らないのではなかろうか?


 館の使用人が「旦那様がまた、壊したみたい」「これで何回目?」と壊れた調度品を前に嘆いているのを見かけた。

 階段の手すりが妙なところで折れておったよ。


 その勢いでワシにぶつかってくるのだから、「ぐほお」ともなる。

 しかし、そんな痛みに負けている場合ではない。


 急を要する差し迫った事案が控えておるのだ。

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