第29話 平和の到来

竹筒の中

カプセルが開き、中から緑色の生物が出てくる。

「ここは……竹筒の中か」

そうつぶやいた緑色の生物は、モニターに映った自分の姿を見て驚く。

それは人間とはかけ離れた、醜くて弱弱しい生物だった。

「なぜじゃ!なぜ元のカラダにもどっているのじゃ!」

生物-以前は竹取の翁と呼ばれていた存在は、数千年ぶりに元の体に宿っていることを知って苦悩する。

それは人間の体に慣れた今の彼にとっては、あまりにも生物としてひ弱で頼りない存在だった。

そのとき、他のカプセルも開いて次々と緑色の生物が出てくる。

「なんだこれは……!」

「いや!元の体に戻して!」

彼ら神族は元の体に戻るや否や、耐え難い苦痛に襲われて泣き叫ぶ。

何千年もカプセルの中で保存していた肉体は劣化が進み、あちこちが歪んでいた。

「に、人間の体はどこにある!『竹筒』よ!答えよ!」

竹取の翁が命令すると、無機質な声が返ってきた。

『あなた方の人間の肉体は、長距離恒星間移動に耐えられないと判断されて、すでに焼却処分されております』

「なんだと!どういうことだ!」

焦った神族たちが怒鳴りあげると、モニターが切り替わり、『竹筒」の外が映し出される。

それは無限に広がる漆黒の大宇宙だった。

「ばかな!我々はどこにいるんだ!」

『すでに太陽系を脱して、銀河水準面方向に50光年ほど進んだところにあります』

『竹筒」は冷静に答えた。

「すぐに地球に戻れ!」

『不可能です。ワープ装置は最後の転移と同時に切り離されました。このまま通常航行を続けます」

それを聞いて神族は真っ青になる。空間を捻じ曲げ何光年も距離を短縮できるワープ航行ができない通常航行では、次の恒星系にいくのに何万年もかかってしまう。

つまり、気が狂うほど長い時間この狭い船の中に閉じ込められることになるのである。

「誰がそんなことを命じた!」

『我が主……魔王トオル様です。彼から伝言を預かっております』

その言葉とともにモニターが切り替わり、若い少年が画面に映った。

「やあ、神族の方々。どうだい?神が人間に負けた気分は?あんたちの悔しがる顔が見れなくて残念だよ」

「なんだと!」

悔しがる神族だったが、画面の中のトオルは肩をすくめる。

『怒っても無駄だ。この画像は単なる録画映像だからな。それじゃ楽しい旅を続けてくれ。あ、『竹筒』の進路は永遠に変更できないように舵を壊しているから、地球にはもどってこれないよ」

画面の中のトオルは冷たく宣言する。

「そんな!」

「俺たちが悪かった!助けてくれ!トオル様!」

それを聞いた神族たちが土下座して慈悲を請うが、画面の中のトオルはおどけたように笑った。

『それじゃさようなら。永遠に。ちなみにこのモニターはあと10秒で爆発します。10・9・8……面倒だから、えいっ!」

トオルが映っているモニターが爆発し、完膚なきまでに破壊される。

同時に『竹筒』の照明も落ちて、その中は永遠の闇に包まれた。


ファーランド帝国

カグヤと相対していたトオルは、優しい目を彼女に向ける。

「これですべての復讐が終わった。君はもう帰っていいよ」

トオルはカグヤにそう告げる。。

「トオル君はどうするの?世界の支配者として振舞うの?」

カグヤは真剣な目をして問いかける。すでに神族の財産は没収され、すべてトオルのものになっている。

世界中のシステム-金融・エネルギー・農業・医療・通信なども、トオルに忠誠を誓う元使徒たちの管理化にあった。

つまり、今の地球の支配者はトオルである。

しかし、トオルはゆっくりと首を振った。

「俺には独裁者は向かないよ。そういったシステムの維持はそれぞれ実際に管理している人間の使徒に任せて、俺は引退するさ」

その言葉と同時に、トオルの手から金貨が無数に現れ、世界中に降り注いだ。

「俺が手にいれた預金や財産を、世界中の貧しい人たちに分けた。これで一時的にしろ世界は平和になるだろう」

そういいながら、カグヤに金貨の入った袋を渡す。

「受け取ってくれ。五億円くらい入っているから。君の口座に入れておくよ。そのお金でただの人間として平穏に暮らせばいい」

カグヤが受け取ると同時に、トオルの姿が消えていく。

「トオル君!」

「さようならだ。勇者カグヤさん。この世界で俺を裏切らなかったのは、君だけだったよ。ありがとう」

その言葉とともに、トオルの姿は薄くなって消えていった。


異世界ファーランド

新たに立てられた神殿の奥に、水晶に包まれて一人の男が封印されている。

この世界では邪勇者とよばれているユウジの肉体だった。

処分したらどうかという意見も多かったが、この神殿を管理している女神官長はガンとして首をたてに振らなかった。

「なぜです?お姉さま」

新ファーランド帝国の皇帝ビスマルクの娘、メアリーが聞くと、女神官長メルは笑ってその訳を話す。

「なぜか、いつかこの肉体が必要になると思うのです」

「必要?何のためですか?」

「うふふ。そのうちわかりますよ」

メルは愛しげな目をユウジの肉体に向ける。その姿形を通して、遠い異世界にいる愛しい人に思いをはせていた。

そのとき、黒い霧が沸き起こって水晶を包み込む。

「お、お姉さま!まさか邪勇者の復活?」

動揺するメアリーを、メルは優しく抱きしめる。

『大丈夫ですよ。真の勇者の帰還ですから」

黒い霧が晴れると、水晶が粉々に砕け散り、中にいた少年の目がぱっちりと開かれた。

「お帰りなさい。トオル様」

「……ただいま。メル」

ユウジの肉体に宿って復活を遂げたトオルは、メルを優しく抱きしめる。

「勇者トオル様!おかえりなさい!」

それを見ていた民衆たちからは、歓声が上がるのだった。



「トオル様。あーん」

美しい金髪の美少女が、お菓子を俺の口元に差し出してくる。

「メ、メル。恥ずかしいよ」

「ふふ。ここは神殿の奥。誰も来ませんわ」

そういってフォーランド帝国大神殿の女神官長メル・ファーランドが笑う。俺は照れつつも、差し出されたお菓子を口に含んだ。

「美味しいですか」

「あ、ああ、美味しいよ」

俺がそう返すと、彼女はうれしそうに笑う。

「まるで夢のような毎日ですね。トオル様とこんなに穏やか過ごせるなんて」

「ああ。復讐に猛り狂っていた頃は、本当に殺伐としていたからなぁ」

俺とメルは微笑み返す。今の俺はファーランド皇帝ビスマルクの厚意で、神殿騎士の地位についていた。

しかし、実質は何にもせずに毎日メルといちゃいちゃして過ごしている。

さすがにこのままだとダメになるかと思い、メルに聴いてみた。

「なあ、俺も働いたほうがいいかな?」

その問いかけに、メルは笑ってこう返す。

「トオル様は充分働かれました。この後一生分ゆっくり過ごされていいのですよ」

「でもなあ。さすがに毎日寝ているだけで高給をもらっているのは悪い気がする。俺の評判も落ちているし」

そんなことを言っていると、さっそく俺を快く思ってない奴がやってきた。

「相変わらず駄目ね。このニート勇者。少しは何かしようと気にならないの?」

そういって俺を冷たい目でみるのは、ファーランド帝国皇女メアリーである。彼女は定期的にやってきては、俺に嫌味を言っていた。

そのせいで、俺の中に少しは芽生えていたニート生活への罪悪感が薄れてしまう。

「そういうお前も暇そうじゃないか」

「あんたと一緒にしないで!私はメルお姉さまに教えてもらいに来ているの!」

メアリーは俺に向かって思い切りアカンベーをしてくる。

「教えって?」

「私が現実世界で学んだ技術や知識を、メアリーに活用してもらおうと思っているのです」

メルは俺を膝枕しながら説明した。メアリーはそんな俺を睨みながら胸を張る。

「私とお姉さまは魂でつながっているからね。知識を共有できるの。『精神感応』を使ってね。それで内政に取り組んでいるのよ。ふふふ、今じゃ私は豊穣の女神と呼ばれているのよ」

メアリーは無い胸を逸らせて威張る。彼女の言うところでは、農業・工業・商業に著しい改革が実現できているそうで、勇者ユウジによって荒らされた帝国も瞬く間に復興しているそうだった。

しばらく彼女の自慢話に付き合った俺は、あくびをして言い放った。

「まあ、そのあたりはうまくやってくれ。帝国が発展したら、俺の給料もあがるだろうしな」

「何言ってんのよ!無駄飯ぐらいのニート騎士なんていらないわよ!お姉さま。こんな奴放っておいて、『知識共有』しましょう」

メアリーはメルの腕を引っ張ってくる。メルをとられそうになった俺は、慌てて彼女にしがみついた。

「メル。そんな事より、俺と『肉体共有』しようぜ」

「なによその「肉体共有」って!」

メアリーがきょとんとして聞いてくるので、俺は意地悪く説明してやった。

「何、たいしたことじゃないさ。ただ、男女の営みをするときに、『精神感応』をつかって神経を接続するんだ。すると男側と女側の快楽が両方いっぺんに味あえるんだ」

ニヤニヤしながらそういうと、メアリーは真っ青になる。

「そんな。私のお姉さまがこんなニートに汚されて……うわぁぁぁん」

メアリーは涙を流しながら走っていった。

「やれやれ……メアリーにも困ったものですね。もう私たちは結婚しているというのに」

「あれはあれで面白いんだけどな。まあ、あいつの言うことにも一理ある。子作りばかりしてないで、そろそろ働こうかな」

そういって起き上がろうとする俺を、メルは押しとどめた。

「メル?」

「いいのです。あなたの持つ強大な力は、ここぞというとき以外に使われるべきではありません。ここでこうして怠けているほうが、世のため人のためなのです」

俺は何か危険人物扱いされているようだった。

「メルがそういうなら、ここでじっとしていようか。でも、俺にここぞという時なんて来るのかな?」

「できれば、そういう時は一生来ないほうが……」

メルがそこまで言った時、神殿の女官が駆け込んできた。

「申し上げます。新たな魔王が誕生したそうです!」

「……」

俺とメルは顔を見合わせて、ため息をつくのだった。

「仕方ない。話をつけてくるよ」

「トオル様。この世界のことには関わらないのでは……?」

メルはそう止めてくるが、俺は首をふる。

「魔王を倒したりしないさ。ちょっとお話するだけでね」

そういって俺は神殿を飛び出していった。


魔王城

角が生えた若い男が、黒い玉座に鎮座していた。

「ふふふ……ようやく魔族をまとめることができた。余が新しい魔族の王として、父の復讐をしてやる。まずはファーランド王国からだ」

そう考えていると、慌てた様子の魔族の部下がやってきた。

「ま、魔王様、大変です」

「何事だ!」

魔王が怒鳴りつけると、その部下は必死で訴えてきた。

「勇者が攻めてきました」

「なんだと!」

仰天した魔王は、「魔王の鎌」を掴んで外に走り出す。

「ぐふふ……いくら勇者とはいえ、たった一人で攻めてくるなど無謀の極み。ちょうどいい。ここで勇者を倒せば、魔族の勝利は約束されたようなものだ」

そう思って魔王城から出た魔王の口が、あんぐりと開かれる

彼が見たものは、数十メートルもある巨大なゴーレムだった。

「えっと……あんたが魔王でいいのかな。はじめまして、勇者トオルだ」

「は、はいっ」

はるか上空の操縦席から声が降ってきて、魔王は直立不動になる。

「早速だけど、人間に戦いを仕掛けないでほしい。俺はもう復讐したり、されたりはうんざりなんだよ」

「は、はい。わかりました」

魔王はその場でペコペコと頭をさげる。

いくら魔王とはいえサイズが違い過ぎる。戦えば一瞬で踏み潰されると感じていた。

「それじゃ、頼んだよ」

勇者トオルはそう言いおいて、そのまま去っていく。

後日、魔王とファーランド王国の皇帝の間に相互不可侵条約が結ばれ、魔族と人間の争いに終止符が打たれるのであった。

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俺のパソコンに王女様がやってきた 大沢 雅紀 @OOSAWA

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