共依存の終点愛

口惜しや

第1話

キミのせいで僕は死ねない。


凍えた風が頬を切り裂く、まだまだ夜明けは見えてこなさそうだ


生きている意味なんてものはない。

惰性で過ごしているだけだ、人生に目標を見出そうとする方が馬鹿馬鹿しい。

人生なんて死ぬまで惰性で生き続けるだけだ。

その惰性の中には楽しいこともつらいこともある、

だが累計で人生を振り返り楽しかったと認識し死ぬ。

それが『一般的』な人生、死生観なのだろう。

僕にしてみればどう考えてもこれからの人生でいままでの苦しみを帳消しにしプラスへ持っていけるとは思えない。

これから生きていても苦しいだけ、つらいだけだ。

死が怖いから生きている、ただそれだけだ。

死が救いになると信じていても恐ろしい。

だが生きることはもっと恐ろしい。

あと一歩踏み出すことが恐ろしい。

結論の出ない現状維持だ


朝日が窓から差し込み裸の僕たちを照らす。

どうにも寝付けないかった。

折り合いのつかない問答が脳内に居座る。

何に生きづらさを感じているのかは自分にもわからない。

生きていきたくないほどの理由は何なんだ。

アタマの中の自分は『自分のつらさを共感してほしい』そう答えた。

『なぜ自分だけこんな目に。他の人間はもっとうまく生きている、同じように生きさせてくれ、自分があまりにも不憫だ』

一度自分に聞いてしまったら調子に乗ってこのザマだ、だがなんとなく底が見えてきた。

自分がかわいそうなんだ。

何をするわけでも、解決に向かおうとも思わずひたすら人を妬き、自分を卑下する。

そんな自分の心中、他人には見ることのできない本心を完璧に見透かしてほしいのだ。

そんなことができてたまるか、分かっている。

だが…どうしても自分を認めて受け止めてほしい…


右を向けばギザギザと気持ちの悪い切込みの入った青紫色の手首が見える。

自傷を行う原理として人に構ってほしいと思っていると予測する恵まれた眼を持っている人が多いらしいが、

そんなに複雑で遠回りではない。


自分の中の痛みを外の痛みに昇華する術をそれしか持ち合わせていないのだ。

インコですらストレスで自傷をするのだ、構ってもらうためなどそんな社会性を加味する複雑怪奇なことができるはずがないだろう。


また肉が落ちている、摂食障害が深刻になっている。

首のアザ、傷を隠すための腰まで伸びた黒い髪は天使の輪を保っている自己を清潔に保てる程度には人の形か。


心配はない


隣の女に軽く平手を食らわせ目を覚まし、頭をつかんで腹に重いきり拳をめり込ませる。

勢いよく吹き飛ぶと椅子を巻き込んで倒れ込んだ。

女は突然のことに体が追い付いていないようでうずくまって嘔吐をした。




人に弱いところなんて絶対に見せられない。

周りの目を気にして溶け込んで…誰もが羨むような人間でないとやっていけない。

自分は他のやつらとは違う、そう思い込むしかない、義務感が消えない。

うすうす周りからそんなところが疎まれているのではと思うときがある。

だけど私は…自分を偽らなきゃ傷ついてしまうようで怖い。

そうやってずっと背伸びして生きていると足が疲れていく。

等身大の自分が見られてしまったらきっと見下される、虚勢を張っていない自分なんて

誰が見ても周りに寄り付かない、でもそうやって虚勢を張って高飛車に構えていても周りから離れていく。

そんなジレンマに毎日毎日疲れていく、人生というのはずいぶんと長い。

この疲れがこれから死ぬまで永遠に続くのだと考えたらゾッとする。

だったら…もう周りを気にしなくてもいいような…何も考えなくてもいい、何も恐れなくてもいい、

苦痛のないすべてを平等に受け入れてくれる死に逃げてしまいたい。

『こんな私に居場所なんてないのだから』

初めて私に刃が入ったときのことはあまり覚えていない。

自分に追いやられ体の制御を奪われた。

周りが汚れる、後始末が面倒。

そんなことを考えられるほどのゆとりはなかった。

狂ったように刃が入るまでの時間を惜しみ工具入れをガサガサと手で掘るようにかき分けカッターを差し込んだ。

何を思っていたのかも覚えていない、どうなるかも予想していなかった。

だけどすーーっとなにかに許されたような気がした。

自分で自分に贖罪を与えたかのようにこれだけですべてから逃げられたような。

痛いのは得意ではなかったがその時は痛みに頭を撫でられているかのように安堵に包まれていた。

それからは少し何があるたびに自分に取り込むことで解決できると妄信し依存していった。


割れた窓からは気持ちのいい朝焼けに温められた風が入り込む。


器官に胃液がこみ上げて息がままならない。

私を殴り飛ばした『彼』がベルトを手に歩いてくる。


うずくまっていた『彼女』が僕と僕の手に収められるベルトを見ている。

恐怖を浮かべるふりさえせずに懇願、期待し目を輝かせている。


『彼』が私の目を見たときの表情でわかった。

私のことを救ってくれる。私の期待を汲み取った彼の顔は無邪気な子供のよう。


この空間では僕も『彼女』も何も隠さなくていい。

お互いがお互いにすべてをさらけ出し奉仕し尽くす、負の感情は全くない、お互いの救いそのものとなるのだ。


ベルトで私の首を絞める。首は窮屈なのにつらい気持ちも葛藤もこころのすべてが解放される気がした。

私も『彼』に応えて解放させる。私の解放は彼の解放で、彼の解放は私の解放だからだ。


『彼女』も僕に応えてくれる。お互いの生きづらさは究極の愛へ帰る。

ならば僕も応える、僕の愛は彼女の愛で、彼女の愛は僕の愛なのだから。


私は『彼』を手放すことはできない。私に今までで最高の居場所を与えてくれたのだから。

こんな私を愛してくれて、弱さを認めてくれる。


僕は『彼女』に依存しきっている。僕の想いが、彼女に伝わりまったく同じことをお互いに求める。

すべての刺激はすべてに対する愛だ。


もしかしたらこのまま愛に殺されるかもしれない。

だけどこんなに求めるものをくれた『彼』になら殺されたい。


このまま愛で『彼女』を殺すかもしれない。

そうなったら僕も死ねばいいか。




私はあなたから離れられない。


僕はキミを手放せない。


私はあなたがいないと生きられない。


僕はキミが死ぬまで死ねない。


私はあなたに殺されたい。


僕はキミと共に死にたい。


すべてを受け入れてくれる―


すべて受け入れられる―


あなたと


キミと


『離れられない』


ベルトがするりと首にかかる



もしかしたら僕の人生は平均よりも過酷かもしれない。

だとしても平均が楽な人生というわけではない。

誰だって苦しいんだ。

僕たちは苦しみを分かち合える人がいる。

でも世の中には僕たちほど足りないものを支え合っている人ばかりではない。

みんながみんな不完全なんだ。

そんな不完全で苦しみばかりの人生なんだ。

確かに人生に意味なんてないのかもしれない。

逃げてしまいたくもなる。



でもそんな人生で逃げずに生きて向き合ってるというのは偉いんだ。


そう…僕たちは生きてるだけで偉いんだ。


別に偉くなくていいのなら逃げてしまおう。


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