滅びの国のアリス

このしろ

第1話 遅刻の国の女王

 はるか遠い昔。

 人や街で賑わう平和な街に、1人の女王が住んでいました。

 その女王は民に優しく、時には困っている者を救い、時には国民の前に立ち国を前進させたりと、王として優れた能力を持っていました。

 容姿も優れており、誰もがこの女王に国を背負っていてほしい。

 そんな風に思っていました。


 しかしある日、そんな民思いの女王に悲劇が訪れます。

 女王の娘が3歳になる頃、女王は生まれつき持っていた病の悪化により、この世を去ってしまいます。

 突然の女王の死。

 国民が唖然する暇も与えず、家来たちは次の女王即位について考えなければなりません。

 彼らが目を向けたのは当然、3歳の女王の娘---ヒメでした。

 まだ3歳のヒメ。

 国のことは愚か、自分の母親がこの世をさったことさえ、彼女は受け入れられてませんでした。

 ようやく最近言葉を喋るようになり始めた。

 そんなヒメが国を支える役割を担う女王になるなど、あってはなりません。

 家来たちは考えます。

 すると、ひとりの家来が言いました。


「偽の女王を作ればいい。我々が戯曲(ものがたり)を作ればいい」


.........と。


 数日後その家来が、ヒメの元に来て、こう言います。


「お前の名前は今日からカルミアだ。国民に平和と正義をもたらす女王カルミア。役に立たない女王などいらん。さぁ、我らの前に立ち、民を導け」


 数日後。

 こうして女王の亡命によって混乱していた国民の前に、銀箔の王冠を被った新たな女王カルミアが台頭した。




「ね、どおどお? アタシの作ったお話、面白いでしょ!」

 急いで白飯を口いっぱいに頬張っていると、妹の沙霧(さぎり)が机に身を乗せる勢いで喋ってきた。

「知らんし、どう見てもお前が昨日リビングで見てた映画のパクリだろ。著作権に引っかかる前に出直してくるんだな」

 ちなみに遅刻10分前。

 古びた公立高校だというのに、俺、桜井裕介の通っている学校は遅刻にやたらと厳しい。

 呑気に妹と喋っている余裕はないので、適当に、近い沙霧の顔を手のひらで押し返しつつ、食べ終わったお皿からシンクに持っていく。

「いいなぁ、アタシもいつか女王になってこの国を支配したいなぁ」

「物騒なこと言うな。お前が女王になった暁には国外逃亡してやる」

 ネクタイをしめながら戯言を言う。

 急げば急ぐほど、手が思うように動かなくなり、イライラしてくる。

「そういえば沙霧、お前中学校はどうした。平日だし学校だろ」

「ふふーん。よくぞ聞いてくれました。今日はなんと文化祭の振替休日なのですよぉ!」

 ただでさえイライラしてるのに、ドヤ顔をかましてくる妹。もはや文句を言う気力も湧いてこなかった。

 別に普段からダラダラしているわけではない。自分の生活には気をつけているし、これまで一度も遅刻なんてものはしたことはない。

 それもこれも全部、俺が慌ててあるのは、沙霧に無理矢理連れてかれた中学校の文化祭に疲労がたまり、しっかり二度寝してしまったのが悪い。

 俺をこんな状態にした沙霧が振り返え休日とか、世の中理不尽にも程がある。

 こんな奴が女王になれば、1秒もいらずにその国は崩壊の道を辿るだろう。


「それじゃ、戸締りよろしくな。それと3歳の女の子が女王になるのは無理があるからさっきの話は面白くないぞ〜」

 靴を履いていると、地雷を踏んだのか知らないが顔を赤くした沙霧が飛んできて

「面白くないと思ってるのは兄貴だけだもん! この童貞兄貴! さっさと学校行って!」

「うっ」

 童貞兄貴はさすがに心に来たぞ。

 童貞として......。

 いや、落ち込んでる場合ではない。

 このままでは本当に遅刻してしまう。

 玄関に立ったままの妹を気にせず、カバンを持ってそのまま家から飛び出る。

 高校二年生、桜井裕介。

 朝から遅刻で説教くらうのは御免だ。

 それだけを考えてひたすら走る。

 すると、


 ズシャッ!!!


 勢いよく、何かが体の側面にあたり、こけそうになった。


「いったぁ〜」

「だ、大丈夫ですか!」


 脇には尻餅をついた亜麻色ロングヘアの女性。

 それも同じ学校の制服を着ている。


「大丈夫大丈夫。ごめんね、君こそ怪我してない?」

「俺は、」


 そこでピタリと言葉止まった。止まったというか、出なくなった。

 彼女いない歴17年。

 文句無しの童貞人生を送ってきた俺の心に、矢が突き刺さった。

 というのはよくある例えかもしれないが、本当にそう思わせられるくらい、目の前の彼女から目が離せなかった。


「あの、どうされました。すみません、学校に行かないと」

「え、ああ、そ、そうですよね! すみません!」

 掴んでいた手を離し、ペコリとお辞儀をすると、女子高生は走って行ってしまった。

 束の間の一瞬。

 頭が真っ白になり、続いて出てきた台詞は陳腐なもので.........。


「か、可愛い」


 あんな可愛い子が、女王だったらいいのに.........。


 完璧な一目惚れにより、俺の童貞観念がピンク色に染まった。

 この後、盛大に遅刻したのは別の話。

 

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