第9話 脳漿
その一週間後、明智たちは元の身体に戻った春香のお見舞いに向かった。
「先輩、こんな可愛い女の子だったんだな。でもなんかしっくりくるぜ」
「体調はどうですか?」
「ありがとう二人とも。まだ、身体に戻ったばっかりでうまく感覚がつかめないけど、やっぱり私もこっちがしっくりくるよ」
「聞きづらい話ですが、本当の宮水さんはどうなったんですか?」
「ロボットに移植した時にまだまだ使える分野が多いことが分かったから、身体を半機械化すれば万全とはいかないけど、もしかしたら生きることはできるかもしれないんだって。勅使河原先生が手を尽くしてくれるっていってたよ」
それは幸せなのだろうか、と和戸は思ったが口には出さなかった。
「そういえば、財産は手に入れられたのか?」
「うん。でも、なぜかずっと三葉が妹の治療費を払っていたらしくて、ほとんど必要なかったかな。まあ、迷惑料として少しだけ使うよ」
明智たちはその後も談笑を続けた。春香は勅使河原医師にも財産を分け与えたようで、彼は今休職しつつ、家族団らんを楽しんでいるらしい。
積もる話はたくさんあり、すぐに日が暮れたので二人は帰宅の準備をする。
「あ、最後に一つ聞いていいか? 取り出した三葉の脳味噌はどうしたんだ?」
明智の質問に、春香は一瞬嫌な顔をした。
「永遠に水槽の中で一人でいてもらうよ。二人といった倉庫があるでしょ、あそこは勅使河原先生が知人から譲り受けた使いみちのない廃倉庫なんだって。だから、ずっとそこに置いておくことにしたの。先生と話し合って、それくらいされても仕方ないことをしったって結論になってさ」
明智は、脳味噌だけにされ、暗い倉庫のなかに永遠に閉じ込められていることを想像して薄ら寒くなってきた。
その次の日、明智と和戸は廃倉庫に向かった。これまた中二病を拗らせて、取得したピッキングの技術で倉庫をあける。
暗く汚い倉庫には、いやに矮小な水槽に浮かぶ脳の他には何もなかった。
明智は水槽をひっくり返し、脳を地面に落とした。衝撃で歪な形になる。
「俺はさ、あんたの気持ち少し分かるんだよ。なんで俺は特別な人間に生まれなかったんだろうって。すげー凡庸な人間だからどうしてもそれが嫌でさ、今も足掻いてる。あんたはかわいい女の子にどうしてもなりたかった。どうしてもなれないものに憧れちまったのに、それを諦めきれなかった。それで狂っちまったんだよな。だからさ、あんたがそこまでの悪人にも思えねぇんだ。人の身体を奪ったんだ、身体を失うのは因果応報かもしれない。でも、ずっとこんなところに閉じ込められるほどのことにも思えねぇんだ」
明智は脳にガソリンをかけて火をつける。焼痕には、まっくろな煤に赤い液体が少し混じっていた。
緋色の脳漿 目茶舐亭おしるこ @tanukiudonn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます