第十一章、欠片、河上美央
胸のあたりに手を当てる。心臓がひどく脈打っていて、しかもペースが尋常じゃない。落ち着け、私。深呼吸しても何も変わらない。ついに、長野くんがやってきてしまった。
「来てくれてありがとう」
そう言って微笑む。その声には、きちんと芯と力が残っていた。そして目を瞑り、息を吸い、最後の覚悟を決める。
「長野健斗くん。入学式の日、困っている私に声をかけてくれたあの時から、ずっとずっと好きです。私と付き合ってください。」
その声には寸分の迷いも不安もなかった。私の出せる全てを出し切った。
少しの後、彼は
「ごめんなさい。」
と短く、淡々と言った。私の息が止まる。視線を長野くんから逸らしたいのに上手く逸らせない。私の視界ががたがたと粗く揺れ始めた気がする。
「これが恋なのか友情なのかまだ分からないけど、大切にしたい気持ちがあるから。そっちを優先したい。河上さんの気持ちには応えられない。」
私は弱々しく頷く。きっと、明日香ちゃんのことだ。
「でも、好きになってくれてありがとう。河上さんの『好き』にふさわしい自分になるために努力しようと思う。人の気持ちを受け取るって多分そういうことだから。」
私は、長野くんのそんなところに恋に落ちたのだろう。一番大事な時に、そんなかっこいいことが言えるところ。人と話すのが苦手で、口下手で、たどたどしいのに、必要な時になったら、私の欲しい言葉をそのまま言ってくれるところ。
でも、それは口には出せなかった。
だって私には、長野くんに「好き」と言う権利がもうないから。
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