第七章、彩り、長野健斗

「でさ~~!今日の朝さ、家の前にゴキブリいたんだよね、マジで走って逃げてきた~!!」


「それはマジでお疲れ」


 いつもの朝、今僕たちは購買前で話している。こんな内容の薄い会話ができる存在がいてよかった。気づいたら、ははっ、と笑い声が漏れる。でも次の瞬間、耳に雑音が入ってくる。


 ―――明日香ちゃん噂通りだ・・・!


 ―――早瀬明日香は可愛いけど、あの男誰?お似合いっていうの?


 ―――早瀬明日香、ガチで付き合ってるじゃん・・・


 俺たち、というか明日香に好奇のまなざしが向けられている。俺の存在感がないのはいつものことだ。とりあえず気にせず、パンを選んでいく。その間にも、明日香は色々な女子から質問攻めにされているのが、購買の窓ガラス越しにはっきりと見える。


「えー付き合ってないよ~仲いいだけ~!」


 笑顔で明日香は返す。女子たちは満足できなかったのか、複雑そうな笑みを浮かべ、去っていく。女子たちの壁がなくなると、クラスメートの海野寛太の姿が現れた。明らかに肩が上がっている。


「噂で聞いたんだけど、長野と付き合ってるって本当?」


 その声は、強張っていた。ちなみに、「長野」はここにいます、と諦め半分、心の中で呟く。


「んな訳ないじゃん!友達っていうか親友だよ?ライバルだし。付き合うとかそういう関係じゃないよー」


「そっ・・・か!ありがとう!」


 そう言って海野は逃げるように走り去った。なんだか俺と同じ部類のコミュ障人間な気がする。クラスメートだし、今年中には仲良くなっておきたいかもしれない。


 明日香は俺の方に近づいてきて、若干の苦笑いを含みながらこう言った。


「海野くん、健斗に絶対気づいてなかったよね」


「まぁ陰キャぼっちコミュ障の俺だもの、仕方ない」


「いやぁそんなことはないよ、自分を卑下しないでってば~」


 明日香は大笑いしている。噂の中にいる俺たちを取り巻く世界は変わっていない、だろう。今日も、いつもの朝だった。

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