第五章、軌跡、早瀬明日香
冷房が私の肌を撫でる。目の前には、最大のライバルかつ最高の親友の長野健斗が座っていて、いつものように、一緒にお昼ご飯を食べている。私は、この時間が好きだ。健斗と取り留めのない会話ができるこの時間を愛おしいと思う。「中三の夏期講習」という、今までの人生で最強クラスの憂鬱も、この時間があれば乗り切れる。
でも、この時間も永遠じゃない。
なぜなら、私と健斗は志望校が違うから。健斗は男子校を第一志望としていて、どうあがいても私は健斗と同じ学校を目指せない。受験が終わったら、離れてしまう。本当は、同じ学校に行って、ずっと仲良くしていたい。最近、私は健斗に会うたびにそんなことを考える。今も、同じ学校に行くことを模索してしまっている。
でも今、その流れが変わった。
「ねえ明日香、俺、海陵星則受けようと思う」
健斗はエビフライを口にしながらそう言う。水筒の水を飲んでいた私は、健斗の言葉に衝撃を受け、派手に水をこぼしてしまった。服が部分的にかなりびちゃびちゃだ。そして身体に当たる冷房の風が、余計に濡れた冷たさを増してくる。とりあえず、水を拭って返事をする。
「え、まじ?そこめっちゃ難関じゃん、学校の先生に冗談で『海陵星則ちょっと考えてます』って言ったら苦笑いされたんだけど・・・」
それを言いながら思った。海陵星則学園は、健斗の第一志望より明らかに難しい。私もなおさらだ。ぱくっと食べた卵焼きの甘さが感じられない。
「とりま、海陵星則調べてみるー」
そう私は言い、その場は解散となった。私は、駆けだした。
息を切らしながら、家のドアノブに触れる。乱暴にドアを開け、靴を投げ捨てる。自分の部屋に滑り込み、塾のカバンを放り投げ、即座にパソコンを立ち上げる。
「明日香―!まずは手を洗いなさい!」
リビングの方から、耳をつんざくような母親の声が聞こえてくる。その声は今いらない、代わりにキーボードを叩く音で耳を埋める。私の目が、血走っている。その全視線が、画面上の「海陵星則学園」という文字に注がれている。
―――健斗は、ここを受けたいんだ。
そう思うと、いっそう指に力が入る。全神経を指先、目、脳に集中させる。文字を追えば追うほど、ワクワクする。指先が冷たく、硬くなっていく。
―――きっと私は、今、緊張している。でも、喜んでいる。
なぜなら、今、やっと見つかったから。ずっと探し求めていた「健斗と同じ学校に行く方法」が、分かったから。ありえないほど難しい学校。でも、それしかない。ここに受かるしか、健斗と同じ学校に行く方法は、ない。
翌日、決心を伝えた。
「私も海陵星則受けることにする。お互い頑張ろ」
健斗は私に向かって微笑み、頑張ろ、と小さく言った。
その健斗の言葉が、私の心に火をつけたのだった。
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