第12話






「…………う、ん」


酷い頭痛で目を覚ます。


重たい目蓋を開けると、なぜか脳みそが揺れるみたいに、気持ち悪かった。


「…………う、うう。気持ち悪い。み、みずぅ」


飲み物を飲めばマシになると思い、ベッドから起き上がろうとして、


「はい」


目の前に、水の入ったコップを差し出された。


「ありがとう」


咄嗟にそれを受け取って、口に運ぶ――


…………あれ、え?


驚いたことに、見知らぬ少女が私の部屋にいた。


体調の悪い私に水をくれた。


そして、なぜか、その少女はだった。


「ブッ!」


「キャッ!」


あ、思わず口に含んだ水を吹き出してしまった私。


全裸少女に顔射してしまった。


「ちょっ、なにするッスか!?」


全裸少女が激怒する。


いや、でも、


「そ、それはこっちのセリフよ! あんたこそ、私の家でなにしてんのよ!」


もちろん、すかさず反論した。


すると、全裸少女がタオルで顔を拭きながら、私に尋ねた。


「え!? 昨日のことなんにも覚えてないッスか!?」


「…………きのう?」


はて?


朧気な記憶を辿る。


「ちょっと待って、…………えっと、たしか、昨日はナイトパレードを出たあとに、サーマスに負けたのとか、あのインチキ神様とかにムカついて酒場へフラッと立ち寄って。あ、頭痛いの二日酔いか…………」


私はまだ、十八だけど、この国では十五から酒を飲んでいいの。


けれど、初めてのお酒だから、限度ってもんが分からなかったわ。


えっと、ひとりで酒を飲んでて、それから。


それから。


それから。


すると、全裸少女が服より先にテーブルに置かれていたメガネをかけた。


瞬間、朧気な記憶から、同じ顔を思い出す。咄嗟に全裸少女を指差した。


「あ!」


「やっと、ウチのこと、思い出してくれたッスか!」


「え、いや、顔だけなら出てきてるんだけど。…………私たちなんか話たっけ?」


「まず、最初に雅ちゃんがウチのことを指差してカワイイって言い出したッス!」


「ちょっと! 馴れ馴れしく雅ちゃんとか呼ばないでよ!」


「えええっ! 昨日は雅さんって呼んだら叩かれたッスよ、そんなよそよそしくすんな! 親友だろって!」


「…………」


知らなかった。私って酔っ払うと、絡み酒になるタチなのね。


反省する私をよそに、全裸少女はさらに続ける。


「それで雅ちゃんが日本から来たことを聞いて、ウチと一緒だって大盛りあがりしたッス!」


「え! あんたも日本から来たの!?」


「…………その話昨日したッス! ちなみに私も雅ちゃんと同じ交通事故ッス!」


これは驚いた。


まさか、同じ経験をしている奴がいたなんて。


「それで、雅ちゃんは同じ経験をしているならこれは運命だ! 恵比寿、あ、ウチの名前も覚えてないッスよね。ウチの名前は恵比寿えびす 結奈ゆいなッス。えっと、それで、これは運命だから恵比寿と一緒に暮らそう! って雅ちゃんが言い出して――」


「タンマタンマ! ちょっと! 誰と誰が一緒に暮らすって!?」


「雅ちゃんとウチッス」


全裸少女あらため、恵比寿が自分と私を交互に指差す。


ああ、昨日の私を。この世すべてのお酒を呪うわ。


決めた! もう、酒なんて二度と飲まない。


と、心の中で強く決意して、これで対策は万全。


あとは、恵比寿をどうにかこうにか、自分の家に帰すだけ。


「嫌よ共同生活なんて! 自分の家に帰りなさい!」


私にその気がないことを単刀直入に伝える。すると、恵比寿が私に泣きついてきた。


「そ、そこをどうにか、お願い雅ちゃん! ウチは、もう馬小屋に戻りたくないッス! さっきも、一週間ぶりのお風呂気持ちよかったッス!」


「う、馬小屋!?」


驚く私を見て、恵比寿が頷く。


「そうッス! 一週間前に財布を盗まれて、馬小屋で生活してるんッスよ! 昨日も食べる物がないから、酒場のゴミ箱漁ってたら雅ちゃんが声をかけてくれて」


「え! ゴミ箱漁ってたの!」


ああ、もう、なんちゅう奴に声かけてんのよ私!


「ウチは、ウチのことを知らない世界で、このまま野垂れ死ぬかと思ったッス! でも、そんなときに雅ちゃんがウチらの出会いは運命だって言ってくれてすごく嬉しかったッス!」


…………うっ、そんなことを涙ながらに言われると、追い返しづらいじゃない。


…………むう、困った。


「はぁ。まあ、覚えてないとはいえ、私が言い出したことだし、とりあえず他に住めるとこが見つかるまでは居てもいいけど、あんた仕事とかはなにしてるの?」


私が職業を尋ねると、恵比寿は、床に落ちていた新聞紙を拾って得意げに答えた。


「新聞記者ッス!」


新聞には、相も変わらずシン王子のイラストと記事が記載されており、新聞の完成度の高さには感心するものがあった。


「あんた、絵が上手いのね」


私がシン王子のイラストを指差して、素直に褒めると、


「雅ちゃんはシン王子のことが好きなんッスよね!」


などと、小っ恥ずかしいことを口にしやがった。


「な、なんでそれを!」


「え、昨日教えてくれたッスよ! 新聞のイラストにもキスしてたッス!」


「してない! してないから!」


そこだけは、もし、万が一に、それが事実であっても、事実ではないことにした。


「で!? 私、他に変なこととか昨日してない!?」


こうなったら、自分から聞いたほうが早いし、心構えも少しは出来る。


それに、けっこう秘密を暴露してたから、これ以上はもうないハズ。


すると、恵比寿が言いにくそうに答えた。


「…………あの、ウチ、雅ちゃんが見たダンジョンに現れる全裸男を記事にしたいッス!」


「え、そんなことまで話したの私」


「はいッス! 雅ちゃんが何回やっても勝てないって泣きついてきたッス!」


「消せ! すぐ記憶から消せ! 私が泣いたのとか忘れろ!」


私は、すぐさま恵比寿の肩を掴んで、何度も何度も激しく揺さぶって脅迫した。


「ぐえっ! わ、忘れたッス! 忘れたッス!」


「よろしい」


肩から手を離す。


すると、恵比寿から『ぐううううッ』豪快な腹の虫が鳴った。


「ッ!」


恵比寿が恥ずかしそうに腹を押さえる。


それを見て、私は人差し指を立てて、ひとつ提案した。


「…………もう、お昼だし、ご飯でも買いに行くわよ!」


「さんせいッス!」


恵比寿が両手を掲げて賛同する。


よし、じゃあ財布を持って――


「あれ?」


おかしい。私の財布が異様に軽い。


中を開くと、小銭が三枚。


合わせて三十ゼニ。日本円で三十円。


「え、うそ、私のお金は!?」


慌てて布団や枕を裏返すが、当然見つかる訳もない。


そんな私に恵比寿が申し訳なさそうに教えてくれた。


「あの、昨日色々奢ってくれたッス、雅ちゃん」


「なに食べた?」


「えっと、サーマル鳥の焼き串と、イリーガルのステーキと、ホウオウ鯨の肉と、ゲキウオの刺し身と、ムウ蟹のチャーハンと、アサミ卵のオム――」


「やっぱり出てけえええッ!」


怒りのままに、すぐさま恵比寿を玄関の方へ引っ張る。


「うわっ! ちょっ、やめて雅ちゃん! ウチ裸ッス! お願いだから外に出さないでえええええ!」

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ダンジョンで裸になるのは間違っているだろうか 尾上遊星 @sanjouposuka

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