第11話








――真っ暗で冷たい。


ここは深海だろうか。


深淵。底へ向かって沈んでいく。


「…………」


私は、このまま死ぬのだろうか。


「…………今、死ぬのは嫌だな」


だって今の私はまだ弱いから。弱いままで死にたくない。


"己の信じる正義を貫け"


これは、祖父の口癖だった。


幼い私は、この言葉に1ミリの疑問も抱かなかった。


けれど、今の私にとってこの言葉は、くさび。それも、心に根深く突き刺さったタチの悪いやつ。


だって、正義を通すには、それ相応の実力が必要なのだから。


どれだけモンスターと戦っても、特訓しても、実力がつかない。


…………もしかして、私には剣の才能がないのだろうか――









「……………………」


「お! 起きたなクソアマ!」


…………ゆっくりと目蓋が上がる。


見えたのは赤い天井。これは見覚えがある。


どうやら、私はベッドの上で横になっていたらしい。


そもそも、…………あれ? デジャブ?


この展開は前にもあった。


上体を起こすと、サーマスとゼットンが椅子に座って私を見ていた。


そして、私の胸部にパンチャーが貼り付いていた。


「ちょっと! なんでそんなとこに居るのよ、変態!」


「…………うるせえ! 俺が助けてなかったら死んでたぞ! 感謝しやがれ!」


「…………死んでた? …………あれ、そもそも、私はなんでここにいる?」


ゆっくりと、ひとりごとを呟きながら、自分の記憶を辿っていく。


「…………えっと、たしか、新聞でナイトパレードが有名になったことを知って。…………それから、サーマスと決闘することになって」


あれ?


なんか、この先あんまり思い出したくないな。


「…………たしか。"状態2"とかいう必殺技の前に為す術なくやられて、しかも、首飾りを壊されたあげく、心臓グサッ!」


全部思い出した!


もちろん抱く感情は死にかけたことへの恐怖心。…………ではなく、フツフツと込み上げてくる殺意!


すぐさまサーマスの胸ぐらを掴んで怒りをぶつけてやった。


「てめえ! サーマスゴルァ! よくも殺りやがったな!」


「い、いや、俺もあそこまでするつもりは――」


「はああああッ! 私の首飾り引きちぎって、よくそんなこと言えたわね!」


今はなにを言われても、腹が立ってしょうがない。


サーマスの顔をぶん殴ってやろうと、私は握った拳を振り上げた――


『ダアンッ!』


「シャーッハッハッハッ! 威勢のいい奴だな!」


勢いよく玄関のドアが開く。振り向くと、大きな笑い声とともに奇妙な男が現れた。


いや、その男は奇妙というよりも、不気味といい直したほうがいいかもしれない。


なぜなら、顔から足まで全身包帯でぐるぐる巻のミイラ男だったから。


気づけば、驚きのあまり、サーマスの胸ぐらから手を離していた。


しかし、驚愕する私をよそに、サーマスとゼットンはミイラ男を、とんでもない名前で呼んだ。


「「あ、神様! 早かったですね!」」


「神様ッ!?」


…………まさか、あの不気味な見た目を上回るツッコミポイントがあったなんて予想だにしなかった。


そんな神様は、両手をヒラヒラと振って、


「シャーハッハッハッ! カジノで全部スられちまった」


不幸話を盛大に笑い飛ばした。


私はそんな自称神様にツッコミをいれた。


「ちょっと、あんた、とんでもない奴ね! 神様のクセにギャンブルするの!?」


「あ!?」


「「ちょっ! リーダー!」」


眉間を寄せる神様。それを見て慌てふためくサーマスとゼットン。


しかし、神様はまたもや盛大に笑い飛ばして、きっぱりと断言した。


「シャーハッハッハッ! バカだなお前! 神様だからギャンブルすんだよ!」


「は?」


言葉は聞き取れたが、理解は出来なかった。ということで口があんぐり。


そんな私を見て、ニヤニヤしながら神様が説明し始めた。


「フッ。ギャンブルの場ほど人間の本音が見える場所はないからな。常日頃、人間に願い事をされる神様としては、これほど人間を知るのに最適な場はない」


「…………へー。でも、ギャンブルしたら自分も周りの人間と一緒じゃん?」


「シャーハッハッハッ!」


「笑って誤魔化すなッ!」


ますます、胡散臭い奴。


神様を指さして、サーマスとゼットンに尋ねてみた。


「で、なんなのよコイツ?」


「「こ、この方は、パンチャー様が連れてきてくれた方で、俺たちのって願いを叶えてくれたんだよ!」」


「うわあ、嘘くさ。インチキ詐欺師みたい」


ドン引きする私。すると、パンチャーが、


「ハッ、クソアマ! お前はサーマスと決闘して、実際にその強さを体感したハズだぞ!」


痛いとこをついてきた。


「…………でも、強くなりたいって、具体的にはなにしたのよ!」


こちとら、どれだけ技を増やして、特訓しても、ちっとも効果がないというのに。


すると、私の疑問に答えようと、自称神様がテーブルの上に転がる筆を手に取った。


「シャーハッハッハッ! 俺がこれでお前の身体に星の絵を描いてやる! そしたら、こいつらみたいに強くなれるぞ!」


「…………さてと、時間の無駄だから帰るとするか」


さっさとこのやばい集団から離れようとする私。そんな私の背中に神様が囁く。


「自分には才能がないのかもしれない」


「ッ!」


思わず振り向く。


「けれど、たとえ才能がなくとも、諦めるという決断をするには、それ相応の覚悟がいる。…………なにせ、それまでの自分の努力が無駄になるんだからなあ」


ニヤニヤと、楽しそうに語る神様。


…………私はこいつが嫌いだ。


だって、すべてを見透かしたように得意げに喋るから。


『パシッ!』


私は神様が手にする筆を奪うと、


『バキッ!』


勢いよく膝に当てて、真っ二つに折り曲げてやった。


「「うわっ!」」


「こんのクソアマ!」


「シャーハッハッハッ! 気に入った! お前の名前は?」


ああ、最悪な奴に気に入られた。


私は神様に中指を立て、


「死ね!」


暴言とともに、折った筆を足元に捨てると、鼻息荒く、さっそうとナイトパレードを後にした。

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