第7話

「フンッ! フンッ!」


あれから一週間。ずっと腕だけで剣の素振りをしていた私。


正直、腕だけというのは、欲求不満フラストレーションがかなり溜まっていた。


ならば場所を変えればいいだけの話。…………けれど、ここに居ればイケメンに再開出来る。…………かもしれない。


そんな淡い期待を胸に秘め、今日も私は腕だけの素振りを続けた。


『ブン! ブン! …………』


「はあ…………」


…………こんな練習で、あの全裸男を越えれるのだろうか?


『ブンッ!』


「あ!」


『スポンッ!』


剣を振り下ろした瞬間、手からスッポ抜けた。


…………幸い、誰もいなかった。


かがんで剣を拾う。ついでに地面に向かって弱音をこぼした。


「…………はあ、一瞬で剣の達人とかになんないかな」


いや、そんなのあるわけない。だからこれはただのひとりごと。


「…………あれ?」


足元で、ギリギリ踏まずにすんだ一輪の花。


振り返ると、見える足跡すべてが咲き乱れる花を奇跡的にかわしていた。


もちろんこれは、ただの奇跡。剣術にいかすことはできない。


けれど、この歩幅。自分の進む道に咲いた花の位置。これを認識していたなら、奇跡は奇跡ではなくなる。


そして、自分の歩幅。周囲を観察する洞察力。


「も、もう一回!」


目の前にある花を観察する。


最初は、ここに咲いてて、次はここ。その次はここ。


「よし! 覚えた!」


声高らかに、上を向いて一歩、また一歩と歩いていく。


「…………」


かなり歩いてから、振り返る。


潰れた草はあっても、花はすべて無傷。


足元にも花はない。


…………やっと見つけた。


洞察力とそれに合わせた自分の能力の使い方。







それから何度も、上を向いて花を踏まずに歩く練習を繰り返し、完璧にマスターした。


だからこそ、私は今。Eランクのダンジョン内。大きな岩のうしろに隠れて身を潜めていた。


暇つぶしに、骨付き肉を何個も食べて、何日も何日も、全裸男が来るのを待ち続けた。






「むしゃ、むしゃ、むしゃ」


『ジャリッ』


「ッ!」


大量に用意した骨付き肉も最後のひとつになったそのとき、誰かの足音が聞こえた。


気づかれないようにこっそりと、覗き込む。


私の位置から見えるのは、下半身のみ。


しかし、フルチンの状態。これは全裸男で間違いない。


自然と口元が緩む。


さっそく、特訓で得た、洞察力と自分の歩幅を用いて、シュミレーションを開始する。


…………私と全裸男の距離は、おおよそ私の歩幅みっつ分。


さらに、私の剣の間合いは歩幅ふたつ分。


すなわち、岩から飛び出したことにより、歩幅ひとつ分の進行。


そして、残りふたつ分の歩幅は、剣を振ることで補える。


所要時間、一秒。


これなら、いける。


『コツッ』


全裸男が私の目の前に来た! 今だ!


『バッ!』


勢いよく飛び出す。と、同時に剣を振る。


ここまではシュミレーション通り。しかし、


『ビュンッ!』


全裸男が投げた白いなにかが私の顔面を直撃した。


『バンッ!』


「いッ!」


直撃した衝撃で、剣を振る体勢が崩れた。そのせいで剣の軌道が変わってしまい、空振り。


『スカッ!』


一撃を当てれなかったその隙をつかれ、全裸男は両手で顔を隠しながらすごい速度で逃げていった。


「くそっ!」


顔を押さえながら、私の顔面を襲った物を拾う。


それは、骨付き肉の骨。


もちろん私は、食べた骨付き肉をそこらへんに散らかしたままになんかしない。


そんなことしたら、隠れてる意味がないから。


けれど、全裸男が私に骨を投げてきたというのは、隠れている私に気づかれずに私に近づいたという挑発にしか思えない。


なら、いいわよ。何度でも挑戦してやるわ。








「…………はあ」


あれから、一ヶ月が過ぎた。


私は、いつもの河川敷で沈みゆく夕日を眺めていた。


「あれから、花は踏まずに歩けたかい?」


背後から声をかけてきた人物。


振り向かなくともそれが、いつぞやのイケメンなのはわかっていた。


けれど今は会いたくなかった。


「…………どうした?」


「…………別に」


見えない壁が存在するみたいに、冷たく言い放つ。


はやく、どっか行ってくれないかな。


心の中でそう思っても、イケメンはさらに問いかけてくる。


「剣の道が上達しないのか?」


その言葉に、私の中でなにかがプツンと切れた。


「あんたに関係ないでしょ!」


そう、確かに。イケメンにはまったく関係ない。


私の言っていることは正しい。


けれど、感情的に怒鳴ってしまった事実が、自分を冷静にさせる。


「…………ごめん」


うつむいて、地面に謝った。


今の私にとって、イケメンを視界に入れることは困難を極めた。


いっそのこと、この場から消えてしまいたいとも思った。


…………いや、そもそも私がこの場から離れたらいいだけのこと。


私が離れようとしたそのとき、イケメンがせつない声で謝罪した。


「…………すまない。君が兄に似ていたから、つい気にかけてしまった」


「…………あに?」


思わず自分の耳を疑う。


兄っつたか今?


まさか、男に間違われてたなんて。


なんかさらにへこんだわ。


「…………あ、いや、強さを求めるところがだよ」


「あ! そっちね!」


ホッ! なんだ、容姿じゃないのか。


心の中でひといきつく。


私もこーみえ一応女の子。容姿も気にはする。


「兄の特訓は、すごかった! それこそ、朝から夜中までずっと魔術の練習をしていた」


「魔術?」


「ああ。兄は、ありとあらゆる魔術を使えたら、強くなれると思っていたんだ」


「…………ほう」


「しかし、どれだけ魔術を使えても、兄には勝てない相手がいた」


「…………」


その瞬間、まるで私の話を聞いているみたいだった。


イケメンは拍車がかかったみたいに、さらに続ける。


「何度決闘を挑んでも勝てなかった兄は、そのうち禁忌の魔術にまで手を出し始めた」


「え!?」


「もちろん禁忌の魔術を使用した兄は処罰され、国外へ追放された。それ以来、兄とは会っていない」


「そんな…………」


思わず胸が苦しくなる。だって、兄の気持ちが私には痛いほどわかるから。


「君には、兄のようになってほしくなかった。だからつい、お節介をしてしまった」


「いいよ。私も言いすぎたし」


「…………ありがとう。なら最後に、あと一回いいかな?」


微笑んで、イケメンがいきなり私の首に手を回した。


「わ、わ、わ、ちょっと! 心の準備が!」


「これ、兄がまだ優しかったときにくれた首飾り」


私の胸元に輝く赤い石。私は指先でそれをなぞった。


「そんな大事なもの貰っていいの?」


「この首飾りはさあ。願いが叶うらしいんだ。この首飾りをつけて、君の目的が達成出来たなら俺は嬉しい」


すごく嬉しそうな笑顔。


見ているこっちもつられて笑ってしまうほど。


「ありがとう! よーし、もう一回特訓しようかな!」


気づけば数分前のことなんて忘れていた私。沈みゆく夕日に向かって高らかに宣言していた。

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