第5話

顔がスライムの人間なんか見たことも聞いたこともない。


それに、よく見たら、スライムに星のマーク。


もしかして、あれは、パンチャーじゃないのか?


「おい、助けろよクソアマ! こいつ、いきなり俺様を掴んで頭からかぶりやがったんだ! おつむイカレてんじゃねえか!?」


…………やっぱりパンチャーだった。


とりあえずパンチャーの挑発に便乗してみる。


「…………そもそも、おつむイカレてないと、全裸になんかないわよ!」


「…………え! うわッ、マジだ! なんで服着てないんだよこいつ! ヤバすぎだろ!」


…………えーっと、じーぶんも、服着てないんだけどなあ。


これ、ボケてるの? 真剣マジ? どっち?


「…………がっ、はっぐっ、ふっ」


と、パンチャーをかぶった全裸男が苦しそうな息継ぎとともに、手足をバタバタとばたつかせた。


「ちょっ、おい、こいつ大丈夫か? 息が出来なくて死にかけてるぞ!」


「もう! アホかあんた!」


私は急いで、全裸男の元に駆け寄った。


目の前の全裸男はなにがなんでも倒したい相手ではある。


が、素顔を見せたくないが為に、自らスライムを頭にかぶったその奇行。そして、呼吸困難で苦しむ姿。


全裸男を助けるには、それだけで充分だった。


なにより、そこまでして、素顔を見られたくないのなら、是が非でも見たくなるのが人間のさがってやつ。


助けたついでに、素顔を拝見させてもらおうか。


「がぼっ! がぼっ! がぼっ!」


すると、変態男がスライムをかぶったまま、何かを口にした。


「え?」


しかし、なにを言ってるかわからない。聞き返すと、全裸男は両手を開いた。


指が一、二、三、…………十。


十本の指を何度も強調してくる。


ああ、もう! 十がなんなのよ!


混乱する、


「がぼっ、がぼっ、がぼっ!」


「おい、クソアマ! 助けは無用だ。お前を十秒以内に倒したら、素顔を見られる心配はないって言ってるぞ!」


「なっ、なにをーッ!」


なにをがぼ、がぼ言ってるかと思いきや、そんな生意気なことをほざいていたのか、この全裸男は!


数秒前まで善意に満ちていた自分が悔しくてしかたなかった。


しかし、すぐさま悔しさは、ドス黒い感情に変貌していく。


気づけば、剣を抜いていた。


『シュバッ!』


『ドスッ!』


「え…………」


首に強烈な衝撃。そして、目の前が暗闇に包まれていく――








「…………ダ」


…………なにかが聞こえる。


「…………ん」


うー。脳みそがグラグラする。


あたま、痛い。


…………ゆっくりと、目蓋を開ける。


真っ先に視界に入ったのは見知らぬ天井。…………ではなく、私たちのギルド、ナイトパレードの本拠地、通称プレハブ小屋の天井だった。


ようするに、私はプレハブ小屋にひとつだけしかないベッドに横たわって、天井を見上げていた。


「リーダー!」


「起きたかリーダー!」


次に視界に飛び込んで来たのは、ゼットンとサーマスのふたり。


ふたりはまるで、幽霊でも見るような目で私を見ていた。


つまり、大変驚いていた。


「…………どうしたの? ていうか、なんで私、ベッドで寝てたの――」


疑問を問いかけた、そのとき、赤いスライムをかぶった全裸男の姿が私の脳裏に再生された。


思い出した! 全裸男!


私は、サーマスの首を掴みながら、暴力的に尋ねた。


「あいつ! あいつは、どこいったの!?」


「ぐえっ!」


「…………あいつ?」


喉が閉まって答えれないサーマスの代わりに、ゼットンが首を傾げた。


「見てない? 全裸でダンジョンをうろうろする全裸男!」


すると、私の質問に、ゼットンが納得したかと思うと、突然訳のわからないことを口にした。


「…………ああ、それって、パンチャー様の真の姿のことか!」


「は!?」


…………な、なにを言ってるんだ?


パンチャー様?


それって、あの赤いスライムのことでしょ?


それに、真の姿?


…………真の姿ってなに?


「よっ! 起きたかクソアマ!」


「うわっ!」


訳のわからない単語の連発で、混乱していた私に追い打ちをかけるかのように、突然ゼットンの背後から飛び出してきた赤いスライム、パンチャー。


「ちょっと! なんでこいつらが、あんたのこと知ってるのよ! それに真の姿ってなに!?」


「ちょい、耳かせ」


パンチャーが、私の耳元に近づいて、ひそひそと耳打ちした。


「それがな、あの全裸野郎、お前を一発でノシた後に、お前を担いでダンジョンの出入口まで行って、塞いでた岩を破壊したんだ」


「な! 私が一撃でやられたの!」


「うわっ! きったねえな、唾飛ばしやがって!」


「ごめん、ごめん、つい興奮しちゃって」


「…………ったく。まあ、でも、安心しろ、剣じゃなくて、鞘でお前の後頭部を強く叩いただけで、大したケガじゃねえよ。気絶してたくらいだ」


「ッ!」


パンチャーの後日談は、恐ろしいほどに私のプライドを粉々にした。


…………私が一撃で気絶。


それも、剣じゃなく、鞘で。


そんなの、私よりも遥かに格上の証拠。


動揺は隠せず、気づけばうつむいていた。


だが、パンチャーは、そんな私のことなどお構い無しで続ける。


「そんなことよりもよお、ダンジョンに出るまでの十秒間、俺をかぶってやがったからよ、あいつ。このふたりそれ見て、俺がお前を担いでダンジョンを脱出させたと思い込んでんだよ」


「…………む、それは嫌ね。全裸男に負けたのはかなりショックだけど、あんたが私のヒーローって思われるのもかなりショックだわ」


「うるせえな。俺だって、本当の姿がフルチンの男とか思われんの嫌だよ!」


「…………まあ、それはたしかに」


と、ここで、やっと、呼吸が出来るようになったサーマスが、私とパンチャーの耳打ちを注意した。



「ゲホッ、ゲホッ! ちょっと、なにをひそひそやってるんだい、リーダーとパンチャー様!?」


「え、いや、別に」


「ああ、大したことはねえよ!」


「…………そ、そうか。まあ、それにしても、リーダー! パンチャー様がリーダーを担いで岩を破壊したあの一撃は凄かったんですよ!」


「…………一瞬で、岩が砕けた」


サーマスと、ゼットンが興奮気味に後日談を語る。


しかし、それは、誤解なのだ。事実を教えてあげなければ。


「いやね、実はそれ――」


「お前ら、そんなに覚醒した俺がカッコよかったか?」


「は?」


私の言葉をいきなり遮って、なに言ってんだ、この赤いスライム。


「はあ? なに、言ってんのあんた? あれは、あんたじゃなくて、むがっ!」


と、苛立つ私の口をネバネバした身体で塞ぐパンチャー。


「むがむがむがッ!」


息が出来なくて、はやくどっか行け! って叫ぶけど、塞がれてるから、なに言ってるか、全然伝わんないし、い、息が…………


『バタンッ』


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