第4話

「ガアアアアアアアアッッ!」


ミノタウロスが咆哮とともに、こっちへ突進してくる。


「…………ぐっ」


まずい、前の私ならいざ知らず、今の私は腹部が痛すぎて、反撃することも、防御することも、逃亡することも出来ない。


「ガアアアアアアアアッッ!」


『ズンッ!』


ミノタウロスの使用する巨大なフォークが、私目掛けて襲いかかる。


「…………」


しかし、動くことの出来ない私には、どうすることもできず、フォークの串刺しになる以外選択肢がなかった――


「オラァッ!」


『ベチャッ!』


突然私の顔面に体当たりしてきたパンチャー。


あまりの気持ち悪さに、尻もちをついて倒れた。


『ドシーンッ!』


『シュバッ!』


間一髪。フォークが私の頭上をかすめた。


「ヒーッ!」


思わず自分の頭をさすってしまう。


よかった、まだ頭ついてる。刺さってない。


「おいッ! なんで逃げねえんだよ! バカかお前!」


パンチャーが、私の膝の上でぎゃあぎゃあ吠えた。


「うるさいわね! 痛くて動けないのよ!」


パンチャーに言い返しながら、腹部をさする。


すると、パンチャーが私の顔を見て驚いた。


「お前、ケガしてたのかよ! ったく、さっさと言えよ、ぶっ殺すぞ!」


パンチャーは暴言とともに、私の腹部に貼りついてきた。


「ちょっ、なにすんの、やめてよ、あんたネチョネチョして気持ち悪いんだから!」


「バカ野郎! そんなことよりさっさと避けやがれ!」


「え――」


『シュバッ!』


ふたたび私に襲いかかるフォーク。


勢いよく振り下ろされたその一撃。今の私には避けることはできない。


…………そう思っていたのに。


気づけば、腹部の痛みはなくなっていた。


『バッ!』


瞬時に本来の力を発揮。


最短、最速でミノタウロスの一撃をかわし、奴の脇の下からくぐり抜けた。


そのまま、ダンジョンの奥。さっきのミノタウロスが現れた方向へ逃げた。


すると、私の腹部。…………に、貼り付いたパンチャーからクレームが。


「おいおい、なんでそっちへ行くんだよ! そっちはダンジョンの奥だぞ! ったく、出入口へ逃げろよ!」


「うるさいわね! あっちは岩で塞がってんのよ! それに私より弱い仲間があっちにいるから、ミノタウロスをこっちに惹き付けないと!」


「そういうことか。よし、惹き付けるなら俺に任せろ!」


なにやら自信満々のパンチャー。


すると、奴は突然奇声を発した。


「◎△◎◇□○%#◎▽」


「グガアアアアアアッッッ!」


それに反応して、後方からミノタウロスが咆哮。それを聞いたパンチャーが鼻で笑った。


「ハンッ! 失せろ、クソ野郎! って罵ってやったら、地の果てまでも追いかけて、ステーキにしてやる! だってさ。こいつは傑作だぜ。スライムはステーキにする前に、熱で溶けちまうってのに!」


『ドドドドドドッッッ!』


後方から工事現場みたいに、けたたましい爆音。振り返ると、ミノタウロスがものすごい速度で追いかけてきてた。


「うわっ! バカ怒らせ過ぎよ!」


全力で逃げる。けれど、私には気になることがひとつあった。


乱れる呼吸のなか、私の腹部。もとい、パンチャーに尋ねた。


「ぜっ、はっ、…………ていうか、なんで痛くないの?」


「はあ? そんなの俺様の回復魔法ヒーリングのおかげに決まってんだろ! ぶっ殺すぞ!」


「ぜえっ。…………口は、悪いけど。意外と器用なのね、あんた」


「意外じゃねえよ! 見たらわかるだろ!」


「…………で、器用なスライムさん。道が右と左に別れてるけど、どっち?」


「あん? そんなのお前、バカ野郎! 右だよ、右!」


その言葉を信じて、別れ道を右へ曲がった。そのとき、


「いや、左! やっぱ、左だ!」


威勢のいいスライムが、実は優柔不断だったことが発覚する。


「え、ちょ、遅いわよ!」


もう曲がってしまった。だから、今さら後戻りなんかしてたら、ミノタウロスに捕まってしまう。


この道を信じるしかない。


「ッ!」


けれど、見えてきたのは壁。


「ちょっと、行き止まりじゃない!」


「だから、左だって言っただろ!」


「言うのが遅いのよ!」


ああ、もう! こうなったら、やるしかない。


壁を背にして、ミノタウロスを迎え撃つ。


「ガアアアアアアアアッッ!」


ミノタウロスも私目掛けて、突進。


と、そのとき、私の腹部に貼り付いていたパンチャーが勢いよく、地面へ離脱した。


「じゃあな、クソアマッ! せいぜい頑張れや!」


「うわっ、ズルい!」


スルスルとミノタウロスの足元から通り抜けていくパンチャー。


こうなったら、殺人剣技必殺奥義"抜剣殺し"で、一撃で仕留めてやる――


『バシュンッ!』


凄まじい風きり音。その瞬間、


「グガアアアアッッッ!」


『ドオオオオオオンッッッ!』


ミノタウロスが悲鳴をあげて、その場に倒れた。


そして、その向こう側には、全裸の男がいて、剣を振り下ろしていた。


「なっ…………」


ミノタウロスを一撃。だと、すると私の必殺奥義、"抜剣殺し"に並ぶ剣術の持ち主。


信じられない。


あんな全裸の変態男がそんな実力の持ち主だなんて。


けれど、私がそれ以上に信じられなかったのは、奴の顔。


なぜならば、奴の首から上が赤いスライムで覆われていたから。






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