第3話

「ウオ"オ"オ"オオオオッッッ!」


全裸男のせいで、手が止まった。もちろんAランクモンスターがその隙を見逃す訳がない。


ミノタウロスが、片手で私をぶん殴った。


『バキッ!』


「がッ…………」


『バキッ!』


すかさずもう一発殴られ、地面に倒れる。


だが、今の私にとって、もはや目の前のミノタウロスは眼中になかった。


頭の中は、さっきの裸でいっぱい。


そもそも、なんでダンジョンで全裸?


視線を戻しても、もう、そこに全裸男はいない。


見間違い?


それとも、すごい速度で逃げた?


前者なら、おそらく私は全裸の男が幻覚で見えてしまうほどの欲求不満。


後者なら、すぐさま追いかけて、神聖なるダンジョンを汚す変態を成敗しないといけない。


「ガアアアアアアアアッッ!」


追い討ちをかけるように、フォークを持って突進してくるミノタウロス。


ああ、もう鬱陶しい。突っ込んで来るなら、私の勝ちよ。


私は剣を一度鞘におさめ、静かに目を閉じた。


「殺人剣技必殺奥義"抜剣殺ばっけんごろし"」


技名とともに開眼。


すぐさま剣を抜く。否、抜いたときの勢いを利用して、剣を投げた。


『ビュンッ!』


『グサッ!』


「グッ、ガアアアアアアアアッッ!」


投げた剣が、一瞬でミノタウロスの左胸、心臓がある位置に突き刺さる。


得物を投げるがゆえに、実践では一度しか技を用いることが出来ない。


しかし、居合の範囲を確実に広げ、相手の意表を突くことが出来る。これぞ一撃必殺。


『ダアアアアアンッ!』


ミノタウロスが左胸を押さえて地面に倒れる。と、同時にミノタウロスが倒れた衝撃でダンジョンが揺れる。


「…………す、すげえ」


「ヒック! の、飲み過ぎた。ミノタウロスが倒れた幻覚が見える」


ゼットンとサーマスが驚きの声をあげる。


しかし、今の私には彼らと一喜一憂するほどの余裕はなかった。


『ザシュッ!』


私は、ミノタウロスの左胸から剣を引き抜くと、一目散にダンジョンの奥へと向かった。


「「…………ど、どこ行くんだリーダー!?」」


ゼットンとサーマスが私に声をかける。が、しかし、私は足を止めなかった。


いや、むしろ、全裸男を追いかける速度はさらに加速していった。



――本来ならEランクダンジョンに生息するハズのないAランクモンスター。


そして、ダンジョンの出入り口の封鎖。


まるで、誰かが私たちギルド、ナイトパレードを狙っているみたい。


あの謎の全裸男が何か手がかりを持っている、もしくば奴が黒幕かもしれない。


第一、あんな変態は、日本なら即刻逮捕。


けれど、ダンジョンに警察はいないから、私が警察に代わって、変態を成敗してあげる。


全力で追いかけていると、少しずつ見えてくる全裸男の後ろ姿。


「…………追いついたッ!」


「ッ!」


私の声に、全裸男が一瞬振り向く。


しかし、ダンジョンが薄暗い洞窟の中。残念ながら、顔を把握することは出来なかった。


さらにバッドニュースは連鎖する。全裸男は私を挑発するみたいに、逃げる速度を加速させた。


「…………ぐッ」


しかも、バッドニュースはまだ続く。全裸男を追いかけたせいで、腹部の痛みが我慢出来ないほどに悪化した。


冷たい汗が顔中に流れ、追いかける足も鈍くなってしまう。


私と全裸男の距離はどんどん離されていく。


もはや、私に出来るのは大声で全裸男を罵倒することだけだった。


「…………ぐっ、この、待て変態野郎ッ!」


そんなことを叫んでも、全裸男が止まるハズはない。


もう、全裸男は見えなくなって、気づけば私は追いかけることをやめていた。


「くそッ! …………い、つッ!」


腹部を手で押さえるも、もちろん痛みがやわらぐことはなく、むしろ鈍い痛みのせいで苛立ちだけが募っていく。


『プルンッ』


と、腹部の痛みで動くことの出来ない私の目の前に、突然赤い液体の塊が現れる。


こいつは、スライム。こいつも、ミノタウロスみたいに、上部に星のマークがついてる。最近モンスターたちの流行りなのだろうか。


言わずもがな。日本でも有名なモンスター界の花形。最弱モンスター。


しかし、スライムは通常青色なのに対し、目の前のスライムは赤色。


赤いスライムは、ダンジョンでモンスター退治したこの三ヶ月間で初めて遭遇した。


とはいえ、色以外は他のスライムと変わりなく、所詮は最弱モンスター。


日本の生物で例えたら子猫みたいなもの。


いくら今の私が重症の状態でも、こんなスライムにやられることはない。


だが、スライムが近づいてきた瞬間、


「おい、人のことジロジロ舐め回すみたいになに見とんねんゴラァッ!」


驚いたことにとんでもない喧嘩口調で絡んできた。


けれど驚いたのは、最弱モンスターのくせに喧嘩を売ってきたこと。ではなく、スライムが、否、モンスターが、私たち人間の言語を口にしたからだ。


「…………す、スライムが喋った!」


私が驚くとスライムが身体の一部を長く伸ばして、私の胸ぐらにネバネバくっつけてきた。


「ちょっと、うわっ! なにするのよ、もう気持ち悪いッ!」


「なッ! 今、俺様のことを気持ち悪いって言いやがったな! いいか、よく聞け! 俺様の名はパンチャー。いや、パンチャー様だ! 俺様をそこらのスライムと一緒にするんじゃねえ!」


「もうッ! 偉そうなスライムね!」


「てんめえ、一度ならず二度までも! もう、我慢ならねえ! ぶっ殺してやる!」


スライム。パンチャーが声を荒らげ、さらに身体の一部を勢いよく伸ばした。


まるで、殴りかかってくるみたいに。


だが、私はそれを片手で叩き落とした。


「邪魔!」


『ペシッ』


『ベチャッ!』


パンチャーの長い一部が地面に激突。


「ぎゃあああああああああ! 折れた、腕が折れたあああああああッ!」


パンチャーが悲鳴とともに、地面をゴロゴロのたうち回る。


「…………ああ、もう、うるさいわね!」


ただでさえ、腹部が痛くて苛立ちが募るのに、こうもダル絡みされては、たまったもんじゃない。


鬱陶しさでいえば、さっきのミノタウロスより上である。


「ガアアアアアアアアッッ!」


「ッ!」


ダンジョンの奥。突然暗闇から聞こえてくるモンスターの咆哮。


咄嗟に耳を塞ぐ。…………だが、この咆哮を。このパターンを、私は知っていた。


『ドシンッ! ドシンッ!』


一歩、また、一歩と歩くたびにダンジョン内に鳴り響く足音。


近づいてくるにつれて、暗闇からあらわになっていく額の星マーク。


そして、姿を現した二足歩行の巨大な牛。


両手には巨大なフォークとステーキ皿。


私をここまで負傷させたAランクモンスター。ミノタウロスの再来。


…………最悪の展開。奴は一体ではなかった。


ミノタウロスの出来しゅつらいに、パンチャーが悲鳴をあげた。


「ぎゃああああああ! 出たー! モンスターッ!」


「…………はあ。もう、やだ。このダンジョン」

















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