第2話

『キイイインッ!』


「ッ!」


死ぬ。そう判断した瞬間、ゼットンが私の前に飛び込んできて、ミノタウロスの一撃をハンマーで受け止めた。


「ゼットン!」


「ぐっ、…………はやく。逃げろ!」


「む、ムリよ! 私が勝てないのよ! ゼットンが勝てる訳ない――」


「うおおおおっ! 勝つためにやってんじゃ、ない!」


ゼットンがハンマーでフォークを押しのけた。


ありえない。あの怪力に競り勝つなんて。


ミノタウロスが後方によろける。


「そう、守るためだ!」


すると、いつの間にか、ゴブリン肉を焼いていた場所。ミノタウロスの背後にサーマスが移動していた。


サーマスはカバンから茶色の瓶を取り出すと、ミノタウロスの背中目掛けて放り投げた。


「ガアアアアアアアアッッ」


振り向いて、それを巨大なステーキ皿で受ける。


『ガシャンッ!』


割れるは、中身の液体がステーキ皿に付着する。


と、同時にゴブリン肉を焼いていたたき火を利用して、矢の先に火をつける。


『ビュッ!』


それをステーキ皿に向けて放つ。


『ボオオオオオオオオッッ!』


被弾とともに激しく着火。


「ッ!」


ミノタウロスが慌ててステーキ皿を手から落とす。だが、自分の足に落ちて、下半身に火が広がる。


「ギイイイイイイイアアアッッッッ!」


「へっ、いくらAランクモンスターといえど、アルコールと炎のコンボは初耳だろ!」


ミノタウロスが下半身の炎を消火しようと、両手で振り払う。


「今のうちだ!」


ゼットンが私を担いで、たき火の火を持ったサーマスとともにダンジョンの出入り口へ向かう。


「いそげ、いそげ!」


全速力。


道中に出くわすザコモンスターなんか無視。


すると、見えてくるのはダンジョンの出入り口付近に佇む"Eランクダンジョン"の看板。


「もう少しだ!」


「ったく、なにがEランクダンジョンよ、嘘つき!」


ゼットンに背負われながら、看板をひと蹴り。


振り返るも、ミノタウロスが追いかけてくる気配はない。


助かった。


ほっ、とひと息ついて、安堵した瞬間――


「うわっ!」


「きゃっ!」


突然、ゼットンの足が止まる。


「もう、急に止まらないでよ」


悪態をついて、前を見る。


そこには積み重なった大きな岩。外の光が遮断され、出入り口が完全に塞がれていた。


「な、なによこれ!?」


「来たときはなかったぞ、こんなの!」


焦る私たちとは違い、


「リーダー」


ゼットンは、私を背中からゆっくりと降ろす。そして、ハンマーを使って大岩を砕こうとする。


「フンッ!」


『ダアンッ!』


その激突音に、思わず両手で耳を塞ぐ。


しかし、大岩は砕けることなく、ヒビすら入っていない。


「…………硬いな」


ゼットンが、ポツリとつぶやく。


「くそっ! ゼットンでもムリなら、これに頼るしかねえ」


言って、サーマスがカバンから取り出したのは、またしても茶色い瓶。


サーマスは瓶の蓋を取ると、それを豪快に一気飲みした。


「ぷはーッ。へっへっへっ。ヒック! きっと誰かが俺たちを殺そうとしてんだよ」


「ちょっと、現実逃避しないでよ!」


サーマスから茶色の瓶、酒瓶を取り上げる。しかし、酒瓶の中は既に空だった。


「ガアアアアアアアアッッ!」


凄まじい咆哮。たまらず両耳を塞ぐ。


『ダンッ! ダンッ! ダンッ!』


振り返ると、ミノタウロスがものすごいスピードでこっちに向かっていた。


一瞬だけ、後ろに視線を向ける。


大きな岩。逃げ道なんて完全にない。


…………覚悟を決めるしかない。


倒す以外に、助かる道はないのだから。


それに勝機ならある。


さきのサーマスの活躍で、忌々しい巨大なステーキ皿は持っていない。


今の奴の装備は巨大なフォークのみ。


「…………」


私は静かに剣を構えた。


「ウィーッ、ヒック! ムリ、ムリ! どうせ、ムリだって!」


地面に座り込んで茶々を入れてくる酔っ払い。


…………よし、決めた。今はあいつを視界に入れないことにしよう。


『ブンッ!』


またしても、ミノタウロスから巨大なフォークを使った一撃が繰り出される。


「…………」


私は静かに目をつぶり、それを避けるでも、受けるでもなく、フォークの柄に剣先を当てる。


『クンッ』


僅かにフォークの軌道を逸らし、フォークは私の頬を掠めて華麗に空振りした。


「はあッ!」


『ビュンッ!』


ガラ空きの胴体にもう一度"鬼突き"


それと、同時に左側からミノタウロスの蹴りが飛んでくる。


『ドンッ!』


左腕でガード。するも、その凄まじい威力に身体ごと吹き飛ばされ、壁に激突。


『ダアアアンッ!』


「いった…………」


全身に駆け巡る鈍い痛み。


立てるのもギリギリ。


「…………フッ」


それでも口元は緩んでしまう。


だって、ミノタウロスが片膝をついて私を睨んでいるんだもの。


それよ。私の見たかった顔は。


『…………スッ』


ミノタウロスに剣を向ける。


「やっと、自覚したみたいね。あんたが相手してたのは、獲物じゃなくて天敵よ!」


「ウ"ウ"ウ"ウウウッッッ!」


雄叫びとともにゆっくりと立ち上がるミノタウロス。


やっと、やっとエンジンがかかってきた。


鈍い痛みが集中力を増していく。


よし、次は私の番。


「どりゃああああッ!」


『ダンッ!』


片足で壁を蹴ってミノタウロスに突撃。


一直線に突撃する私の軌道は、簡単に予測しやすい。


ゆえに、ミノタウロスは数秒後の私の位置を予測してフォークを繰り出す。


『シュバッ!』


その瞬間を待っていた。


『ビュンッ!』


「ハッ!」


溢れた笑みとともに、私は姿を消した。


否、加速した。


足にすべての力を込め、地面を蹴る。跳躍。


もはやフォークなんて、追いつきもしない。


『ズバズバズバッ!』


「ガアアアアアアアアッッ!」


肩、背中、腰。


ミノタウロスの周り最速で駆け回り、身体中を縦横無尽に斬り裂いていく。


光速の中で、研ぎ澄まされていく感覚。


もはや、誰も私を止めることは出来ない。


「これで、トドメだ!」


一手ずつ、確実にダメージを与え、ついに必殺の一撃を繰り出す――


「…………えッ」


驚きのあまり、手が止まる。


は、いったいいつから、そこに居たのだろうか?


ダンジョンの出入り口の反対側。


ミノタウロスが私たちを追ってきた方向に、一瞬だけ男の姿が見えた。


しかし、顔は見えなかった。


なら、なぜ男と分かったのか?


それは、その人物がでダンジョンを走っていたから。


…………はぁ。まさか、ダンジョンでチ○コを目撃するなんて。



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