第1話
私が異世界に来て三ヶ月が経過した。
最初は文化の違いや、原始的な生活に戸惑いもしたが、三ヶ月も経てば嫌でも慣れてしまうのが人間の怖いところ。
今や薄暗いダンジョン内で狩りたてのゴブリンのもも肉をたき火でこんがり焼いて、口いっぱいに頬張る始末だ。
気づけば両手にゴブリンのもも肉(骨付き)を持って、
「んーッ! やっぱりももが一番美味しいわね!」
などと、部位の感想まで言えちゃう。
「大変だーッ!」
突然、ダンジョンの奥から男ふたりが食事中の私のもとへ走ってくる。
ひとりは、ひょろひょろで、背が高く、もやしみたいに弱そうな男。名前はサーマス。ギルド、ナイトパレードのメンバーで、私の部下。
臆病で逃げ足の速さが取り柄。それと、日用品の揃った緑色のカバンを肩に掛けている。
得物は弓矢。
そして、もうひとり。小太りの男。名前はゼットン。彼もナイトパレードのメンバーで、私の部下。
基本的には無口だが、ぽっちゃりした外見とは裏腹に身体能力が高く、戦闘時にはサーマスよりも役に立つ。
得物はハンマー。
そして、私はギルド、ナイトパレードのリーダー。
得物はもちろん剣。
私は歩くのが嫌いだから、このふたりには、ダンジョン内のモンスター探索に行かせてたのだけど、あの慌てよう。いったいどうしたのだろう。
「くちゃくちゃ。…………どうしたのサーマス? もしかして、宝箱でも見つけた?」
「リーダー、そんなこと言ってる場合じゃない! はやく逃げるんだ!」
サーマスが慌てて私の腕を引っ張る。
「わっ、ちょっと! 引っ張らないでよ! 私のお肉がああああッ!」
「…………リーダー、落ちた肉を拾わないでくれ。そ、それよりも、やばいぞ、ミノタウロスだ! あっちに、ミノタウロスがいた!」
サーマスが、探索に向かったダンジョンの奥を指差す。
すると、
『ドスーンッ! ドスーンッ!』
ダンジョンを揺らす地響きとともに、サーマスが指差す場所から巨大な牛が二足歩行で現れた。
おおよそ、成人男性十人分くらいはありそうな大きさ。
牛の両手には巨大なフォークと、巨大なステーキ皿。
額には星のマーク。あら、かわいい。
お腹がすいてるのか、口からだらだらとヨダレを垂らし、まっすぐに私たちの方へと向かってくる。
私は、ジュルリと唇を舐め、
「よーし、次はステーキにしよう!」
腰に携えた鞘から、剣を抜いた。
「よせ、リーダーッ! アイツは本来ならAランクのダンジョンにしかいないはずの強力モンスター。俺たちがかなう相手じゃねえ! そもそもなんでこんなとこにいるんだ!?」
「…………へー。それは嬉しいわ。こっちの世界に来て三ヶ月。ずっとザコばっかりで飽きてたのよ!」
「ガアアアアアアアアッッ!」
私が剣を構えると、ミノタウロスは大きな咆哮とともに巨大なフォークを振り下ろした。
『ブンッ!』
「ッ!」
かなり鋭い一撃。それを左に
想像以上の剣撃。躱すことが精一杯。
フォークを振り下ろした風圧が私の長い前髪を激しく揺らす。
『ブンッ!』
「やばい、リーダーッ!」
「なッ」
躱したと同時に、再度フォークが振り下ろされる。
"攻撃から次の攻撃へ転じる動作がはやい"
これがAランクのモンスター。
私なんてまだ、躱したときの体勢のままだっていうのに。
回避不可。
だとしたら、私に残された選択肢はひとつ。
"剣でミノタウロスの攻撃を受ける"
…………いや。剣の腹はかなり強度が弱い。
相手が同等の武器であるならば、一度くらいは攻撃を受けても耐えることが出来る。
だが、ミノタウロスの武器は私の剣の三倍はありそうな巨大なフォーク。
ましてや、ミノタウロスの腕もかなり太く、推測するだけでも、奴の一撃は必殺のそれである。
だとしたら、防御は悪手。
ならばいっそのこと攻めに転じる。
祖父の口癖。
"攻撃は最大の防御なり"
ミノタウロスの一撃が私に届く前に、最速で奴の心臓を仕留めるしかない。
「殺人剣技"
私が、研究に研究を重ねた殺人剣技。
そのなかでも、特に殺傷能力と剣技の始動速度が速いのがこの鬼突き。
低い構えから、脚のバネを使い、心臓の一点目掛けて跳躍する。
『ガギインッ!』
「な!」
だが、突き立てた剣は巨大なステーキ皿によって防がれてしまう。
そして、ミノタウロスのフォークは、止まることなく、そのまま私の鎧に激突。
「がッ…………」
腹部に強い衝撃。
たまらず腹部を押さえる。
…………痛い。あばらの二、三本はいってるかも。
『ビュンッ!』
「ッ!」
ミノタウロスによるトドメの一撃。もちろん、今の私に避けるすべはない。
すなわち絶体絶命。
…………これがAランクモンスター。
死ぬほど悔しい――
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