終わりの地 4



 デイヴィッド・グレイが、自身のアジトの場所を指し示した一文。


『ザクロの種が蒔かれた真実の場所にいけ。

 島の南の入江にて、太陽と月の光が交わり照らす先に、それは眠る』


 その、“ザクロの種が蒔かれた真実の場所”は、紺碧の海に浮かぶ諸島の中で一つだけ、珊瑚の様に赤い色をした島だった。

 近くで見ると、赤いのは島を構成する花崗岩の色だということがわかった。潮風で抉られた花崗岩が、不可思議な形に聳え立ち、まるで自然が作り上げた城のように見える。

 奇岩にはところどころ穴が空いていて、強い海風がその穴を通るたび、びゅうびゅうと音を立てていた。


「本当に、“ザクロの島”だな」


 島を感慨深げに眺めながら、ロンが呟く。その横で、ジャニも思わず頷いていた。

 とうとう、デイヴィッド・グレイのアジトの島に辿り着いたと言うのに、ジャニの心は晴れなかった。さらわれてしまったルーベルの安否も気がかりだったし、クックは未だ船長室で伏せっている。自分が女だと言うことが、みんなにバレてはいないかと気が気ではなかったし、何より、アジトを見つけるには大きな壁がまだ立ち塞がっていた。


「くっそー! “太陽と月の光が交わる”って、どういうことだ!? 不可能じゃねぇか!?」

「わけがわからねぇ」


 グレイの航海日誌を囲んで、船員たちが頭を抱えている。アジトの場所を示すであろう一文、

『島の南の入り江にて、夜明けの太陽と月の光が交わり照らす先に、それは眠る』

 の解読が、まだできていないのだった。


 暁の空は、東の水平線から差し込む薄桃色の光に照らされ、だんだんと明るくなってきている。夜明けまで、もうすぐのようだ。

 今、翼獅子号は島の南の入り江が見える沖に停泊している。島は馬蹄型をしており、南の入り江はその内側の弧の位置にあった。湾口部を形成している左右の陸は切り立った崖になっており、入り江の波はおだやかに白い砂浜を撫でている。

 ロンも日誌の一文を眺めながら、腕を組んで眉をひそめた。


「太陽と月が同じ空にないといけないということか?」

「だけど、太陽と月が同時に見える時期ってのは決まってるだろう。今がその時期ではなさそうだしな」


 濃紺に覆われた空にもう月が存在しないことを確認して、バジルが悩ましげに答える。


「その決まった時期にしかわからない場所だったら、それこそお手上げだ」


 メイソンが肩をすくめて見せた。


「そもそも、光が照らすってのはどういうことだ? ある一点を指し示すのか?」


 グリッジーの疑問に、皆答えられず黙り込んでいる。

 その時、船長室のドアが開いて、幾分顔色の戻ったクックが皆の集まっているところに近づいてきた。その足取りはしっかりしている。ロンがすかさず声をかけた。


「もう大丈夫か?」

「あぁ、おかげさんで」


 クックは意地悪くにやりと笑い、自分の首の後ろをとんと叩いて見せた。ロンが苦笑する。


「はいはい、悪かったよ」

「クック、この一文が全然わからなくて困ってんだ」


 メイソンが頭をかきむしりながら日誌を指差す。クックはかがみ込み、日誌の一文をじっくりと眺めると、島を全体的に見渡しながら無精髭をさすった。


「この一文を諦めて、しらみつぶしに島を探すとしても、この大きさだと二日はかかっちまうな。そんな時間はない」


 そう言う彼の目は鋭く光っている。

『この女は、明日の日没と共に死ぬ』。セイレーンはそう言い残して去った。あれから一晩経ってしまったので、残された時間は今日の日没までの時間しかない。やはりどうしても謎を解くしか方法はなさそうだった。

 皆がうんうん唸って謎解きに頭を捻っている間、ジャニは島の奇岩に目を奪われていた。


(どうしてあんな変な形をしているんだろう)


 思わず首を捻ってしまう。まるで、子供が適当に石を積み上げたような形をしている。しかも、奇岩に空いた穴は大きさも形も様々で、どうやってバランスを保っているのだろうと不思議に思うものばかりだ。

 やがて、東の海を割って太陽が姿を現した。美しい橙色の光が、奇岩の穴を通して西側の崖に差し込んでいる。行く筋もの光線が、影の落ちた西の崖に差し込む様は、天使の梯子はしごのようで美しい光景だった。

 その光景を眺めていたジャニは、ふと違和感を覚えて眉をひそめた。


(あれ・・・・・・?)

「ジャニ」


 突然クックに呼びかけられ、ジャニはびくりと身をすくませた。怯えたように振り返る。


(もう、船長には私の右目のことも、女だということもバレている)


 掟では女が船に乗ることは許されていない。いつそれを指摘されるかとビクビクしていたジャニだったが、クックはいつも通りの調子でジャニに問いかけた。


「お前、島を見て何か気づくことはないか? お前の目は、俺たちに見えないものが見えるし、気づかないことに気づく。どんなことでもいいから、何か気になったら教えてくれ」

「そうだ! お前の目には、俺たちも一目置いてんだ。頼むぜ!」


 グリッジーやメイソンからも発破をかけられ、ジャニは驚いたように目を見開いた。自分がそのように思われているなんて、これっぽっちも考えたことがなかったのだ。“ジュリア”が封印されていた間は、好奇心の赴くままに動き回り、思ったことをすぐ口に出していただけだった。それが、期せずしてみんなの役にたっていたということか。

 “ジュリア”に戻ってしまった自分でも、何か役に立てることがあるかもしれない。そう思うと、ジャニの鼓動は早まった。


「わ、わかった。頑張ってみる」


 ジャニはこくりと頷いて、島に視線を戻した。

 先ほど感じた違和感を手繰り寄せる。あの奇岩に空いた穴を通り抜ける光線を見た時、何かが頭の隅で瞬いたのだ。

 しばらく連なる奇岩を凝視していたジャニは、ハッと思いついてクックを振り返った。

「船長、ボートの使用を許可してもらえませんか」

「あ、あぁ。いいだろう」

 真剣な表情で頼むジャニに、クックは意表をつかれた顔で頷いた。グリッジーが驚いたようにジャニを見ている。

「あいつ、敬語が使えたのか」



 そこから、ボートを降ろして島の入り江に向かうことになった。

 島を探索することも考えた上で荷物を準備する。ロンの提案で、武器もいくつか積み込んだ。

 ボートに乗り込むため準備をしていたジャニは、テイラーに呼び止められた。


「ジャニ、ちょっといいかい?」


 振り返ると、テイラーは手に黒革の眼帯を持っていた。その眼帯をジャニに差し出す。


「前にしていた眼帯、壊れちゃったんだろ? これ、余った革布でつくろってみたんだ。よかったら使って」

「え、ありがとう!」


 顔を輝かせて眼帯を受け取ったジャニは、不思議そうにテイラーを見た。


「でも、お願いしたりしてないのに、どうして?」

「パウロに頼まれたんだよ」


 テイラーは微笑んで言った。


「“あいつにとって、眼帯は大切なものだから、できるだけ早く作ってやってくれ”って」


 ジャニは驚いて、向こうの方でロンと話しているパウロを見た。


「いい兄貴分を持ったね」


 テイラーは優しくそう言って去って行った。

 ジャニは眼帯を見下ろし、ぎゅっと胸元に抱き寄せた。誰もいない船室の一角に行き、右目を隠していた白い布を取り、新しい眼帯をつける。寸法は不思議なほどぴったりだった。

 伊達な黒革の眼帯は、“ジュリア”に戻ってしまってから萎れていたジャニの心に、勇気を注いでくれるようだった。





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