人喰いのゲイル 1



「“インフィエルノ号”だと!? まだこの群島にいたとは!」


 血相を変えて船室から走り出たアドリアンとクックは、砲撃しながらこちらに迫ってくる帆船を睨みつけた。

 まだ射程距離を掴みきれていないのか、砲弾は手前の海面に落ち水柱を上げている。しかし、砲撃を受けるのは時間の問題だろう。


「戦闘用意! 各自持ち場につけ! やっと目当ての船にありつけるぞ!」


 アドリアンが船員たちに命じる。

 船員たちは熟練の水夫なのだろう、操船作業も素早く、アドリアンの船“ヴィクトワール号”はインフィエルノ号目指して回頭した。


「船首砲発射用意!」


 アドリアンの指示で、砲撃隊が船首砲に砲弾を込め、火薬を詰め込む。

 向かい合った帆船間での砲撃戦が始まろうとしていた。


「ジャニ! 船室に入ってろ!」


 船べりにいるジャニを見つけ、クックが怒鳴る。


「俺も戦うよ!」


 勇ましく怒鳴り返すジャニの首根っこを掴んで、クックは問答無用で船室に放り込んだ。


「ミス・ルーベル。あなたも船室に避難していてください」


 アドリアンが表情を険しくして言う。ルーベルは頷くと、クックの方は見ずに船室に入って行った。

 アドリアンは、船をインフィエルノ号より風上に向かわせるため、面舵を指示していた。それを見たクックが声をかける。


「アドリアン、いくつか助言をしてもいいか」

「あぁ、お願いしたい」

「この群島は至る所浅瀬がある危険な場所だ。風上の位置取りを重視して無闇に回頭すると、座礁する恐れがある。それよりもこのまま突っ込んだ方がいい」

「なるほど」


 アドリアンは意表をつかれた顔をして、面舵の指示を取り消した。

 クックは続ける。


「そして向こうはこちらを撃沈するつもりだが、あんたはあの船を捕獲するのが目的だ。つまり、あの船を無闇に打ち落とせない。砲撃戦になったら大砲の数も向こうが圧倒的に多いので不利だ。となると、勝つには向こうの船に接舷して乗り込むしかない」


 クックの目がキラリと光る。


「できるだけ早く、ゲイルを討つんだ。それしか俺たちの勝つ術はない」


 アドリアンは覚悟を決めたように頷いた。

 やがて激しい砲撃戦が始まった。お互い射程距離に踏み込んだ二つの帆船は、等間隔で船首砲を撃ち合っていく。

 日が沈み、青白い月明かりが照らす海面で、砲火が花のようにパッと咲いては散っていく。鳴り響く轟音のなか、ヴィクトワール号はじりじりとインフィエルノ号に近づいて行った。


「反対側から船が来るぞ!」

「何!?」


 見張り台から叫ばれた声に、アドリアンが顔色を変える。見張りの指し示す先を見たクックの顔に、動揺が走った。


「あれは・・・・・・!」


 島の反対側から、一隻の帆船がこちらに向かってきたのだ。そのてっぺんで翻る黒旗には、ドクロの眼窩から蛇が体をくぐらせているマークが描かれている。それを望遠鏡で確認したクックは、ぎりと奥歯を噛み締めた。


「バシリオの船だ! くそ・・・・・・やられた。挟み撃ちだ!」

(奴らがまだこの群島にいたのはこのためか! アドリアンの船を遠巻きに警戒して、隙あれば挟み撃ちにするつもりだったんだ)


 思い返せば、この群島に翼獅子号を向かわせたのはキアランの提案だった。キアランはアドリアンの船が翼獅子号の後ろにいることを知っていたのだ。

 この隠れやすい群島では、敵も姿をくらませやすい。

 インフィエルノ号は翼獅子号を諦めたと見せかけて、ここでアドリアンの船が来るのを待ち構えていたのだ。

 船内に衝撃が走った。


「ゲイルの仲間の船がいたのか!? 嵌められたということか!」


 アドリアン同様、船員たちもうろたえている。


「撃ってくるぞ!」


 バシリオの船を指差して船員が叫ぶ。次の瞬間、バシリオの船の舷側にぱっと砲火が咲き、轟音と共に船べりが砲弾で叩き割られた。

 勢いよく船材の破片が飛び散り、船員たちに容赦なく突き刺さる。クックも顔と左腕に破片を受け、苦痛に顔を歪めた。

 傍を見ると、アドリアンも被害を受け片膝をついている。真っ白だった絹のシャツは赤く染まり、その顔には絶望が忍び寄っていた。


「もうだめだ、勝てるわけがない」


 クックは険しい顔でアドリアンの肩を掴んだ。


「船長が諦めたら終わりだぞ! この船は沈む。でもこの船には、お前の大事な人も乗ってるんだろう!?」


 アドリアンの目がハッと見開かれた。


「ミス・ルーベル・・・・・・」


 クックは力強く頷く。


「あいつを守るんだろう? だったら最後まで戦え!」

「だが、二隻の重武装船相手にどう戦えばいいんだ」

「今の状況でも俺たちがやることは変わらない。インフィエルノ号に乗り移ってゲイルを討つんだ! 首領をやられたら絶対に敵は崩れる。そこに賭けろ!」


 アドリアンは頷き、立ち上がった。その青い目にだんだんと力が戻っていく。


「左舷、砲撃用意!! 打ち込んだら、接舷して乗り込むぞ!」


 アドリアンの怒号に、船員たちの鬨の声が上がる。

 インフィエルノ号とバシリオの船に挟まれ、双方から砲火を浴びながら、船はじりじりとインフィエルノ号の右舷に近づいていく。

 それを待ち受けていたかのように、インフィエルノ号の右舷の砲列が一斉に火を噴いた。

 轟音と共に船が大きく揺らぎ、船べりにいた船員やシュラウドを登っていた船員が海に投げ出された。


「怯むな! 撃ち返せ!」


 アドリアンが声を張り上げる。

 砲撃隊が一斉攻撃を繰り出し、インフィエルノ号の甲板に砲弾が炸裂した。その隙を狙い、船員たちは鉤つきのロープを敵船に投げかける。

 クックもロープを投げて、向こうの船の索具に鉤がガッチリ食い込んだことを確認すると、勢いよく船べりを蹴ってロープに身を預け、インフィエルノ号に乗り込んで行った。

 硝煙が霧のように立ち込める中、クックはファルシオンを抜き放ち、襲いくる敵を次々と切り捨てていく。

 インフィエルノ号とヴィクトワール号の船上で、白兵戦の火蓋が切って落とされた。




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