二人きりの島で 2
「おい、あの鼻持ちならねぇ唐変木をのさばらせておく気か!」
ものすごい剣幕で、メイソンが医務室のドアを勢いよく開け放つ。ロンは振り返り、人差し指を口元に当てて見せた。
「メイソン、声が大きい」
「だってよ、あいつの偉そうな態度が鼻についてしょうがねぇ。まるで自分が船長みたいに振る舞ってやがる」
「あぁ。キアランのやつ、航海術使えるのが自分だけなもんだから、ロンより自分の方が立場が上だと誇示したいんだろうさ。なびきやすい奴らはさっそくキアランに加担してるしな」
バジルがメイソンの言うことに同調しながら苦い顔をする。
医務室にはバジルの他にも、ロンに文句を言いにきたグリッジーと治療を受けていたセバスチャン、パウロも同室していた。
クックとジャニが船を降りた後、近い港に寄るまでの暫定的な船長はクォーターマスターであるロンが担うことになっていた。キアランもそれには特に反対することはなかったが、彼は一等航海士という立場上、甲板で船員達に指図することが多い。
操船を指示することができるのがキアランである以上、この船の力関係は確実にキアランの方に傾きつつあった。
ロンは船にとって貴重な船医であり、有能な戦術者だ。しかし、その能力は並外れた航海術と戦力を併せ持つクックの補佐役という立場で輝くことができたのだ。改めてクックの存在の大きさを実感し、ロンは小さくため息をつく。
「そもそも、なんで船長はジャニを庇ったんだ? あんなわかりやすい嘘ついて」
グリッジーが腹立たしそうに言う。ロンは、大蛇の胃液で負ったセバスチャンの火傷に軟膏を塗りながら答えた。
「ジャニが一人で島に置き去りにされて、生き残れると思うか? クックは自分が救い出した子だから、自分で思ってるよりもジャニに思い入れがある。あの子が死ぬのを見逃せなかったんだろう。自分が一緒なら、生き残れる自信があったんだ」
「そりゃぁ、俺もあのチビが島流しにされちまうのは嫌だったけどよう」
グリッジーが言葉を濁す。他の面々も、その言葉に俯いた。
ジャニが鍵を黙って持っていたのは事実で、それはキアランも目撃していた。掟破りの罰則は免れない。ジャニへの憐憫でそれをもみ消そうとすれば、船内は二分されて崩壊していただろう。
しかし、ジャニと共に島に残り、あの子を守ろうとした者はいなかった。ただ一人、クックを除いては。
(そういうやつなんだ)
ロンは苦笑する。敵わないな、と改めて思ってしまう。
「いやしかし、さすがのクックでもあの孤島から生きて戻るのは不可能だろう。あんな辺境の島に寄る船なんかねぇぞ」
バジルが腕を組んで唸っている。ロンは素早く医務室のドアに歩み寄り、部屋の外に誰もいないことを確認すると、皆の集まっているところに戻って声を落とした。
「実は、トルソで知り合ったアドリアン・ロペスの船が、この付近まで来ているはずなんだ。クック達が上手く自分達の存在をアピールできて彼らに気づいてもらえれば、船に乗せてもらえるかもしれない」
「そりゃ本当ですか!」
セバスチャンが涙目でロンを見上げた。
「俺は、二回もクック船長に命を救われたんだ。このまま船長が死んじまったら、どうにもやりきれねぇですよ」
そう言いながら涙を拭う。ロンは優しくセバスチャンの肩に手を置いた。
「とは言っても、助かる確率は相当低い。アドリアンがもうすでにゲイルにやられてる可能性もあるし、クック達に気づかない可能性だって十分にあり得る。クックとジャニを救う一番確実な方法は、クックがどれだけ有能な船長だったかみんなに思い出させることだ」
ロンの意図を掴みきれず訝しげな顔をする一同に、ロンは説明する。
「キアランは確かに航海術に優れているが、統率力はない。彼は船長になりたいんだろうが、クックと比べると雲泥の差だ。それを船員達に印象付けるんだ。
セバスチャンみたいに、クックに恩義を感じている者はたくさんいる。そういう者を見つけて、クック側の船員を増やしておくんだ。そうすれば、今後総会で行く先を決めることになった時に、あの孤島の近くを通ることも可能になる。運が良ければ、クックがまたこの船に戻って船長になることも不可能じゃない」
「なるほど、そういうことか!」
メイソンが頰を上気させて手を打つ。
「俺、頑張りますよ! クック船長に命を救われた奴なんて、いっぱいいますからね! キアラン派のやつらを寝返らせてやります!」
セバスチャンがやる気満々で拳を振り上げて見せる。グリッジーもバジルも、大きくうなずいて見せた。
「私も、キアランの好きにさせないようできるだけ甲板に出よう。パウロ、もう君にここを任せても大丈夫かな?」
ロンに聞かれ、パウロは力強くうなずいて見せた。
「任せてください! 手術はできないけど、ある程度の治療はできます!」
「おぉ、お前なんか逞しくなったな」
バジルは驚いたようにパウロを見る。パウロは凛とした表情で顔を上げた。
「俺も、ジャニに命を救われたんです。まだ、その借りを返せてない。あいつを助けるためなら、俺はどんなことでもします」
ロンは感慨深くパウロを見た。以前、この医務室で自分の無力さに打ちのめされていた少年とは別人のようだ。
「さて、そうとなれば善は急げだな!」
バジルの掛け声で、パウロ以外の面々は勢いよく医務室を出ていった。
甲板への階段を登りながら、ロンは胸中でクックに呼びかける。
(まったく。ほんとに昔から手のかかるやつだよ、お前は)
降り注いでくる強い日差しに目を細め、ロンは拳を握りしめた。
(待ってろ、クック。必ずお前を助ける)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます