二人きりの島で 1
「さてと。ジャニ、泣いてないで行くぞ」
翼獅子号がだいぶ遠ざかった頃、クックに声をかけられたジャニは訝しげに涙に濡れた顔をあげた。
海に背を向け、島の中央にある山に向かって歩き出したクックを慌てて追いかける。
「行くぞって、どこに?」
「あの山を登る。俺たちは俺たちで、宝のある島に向かうんだ」
ジャニは困惑した。こんな危機的状況で何を言い出すのかと苛立ちすら覚える。
「山に登ってなんになるの? ていうか、船も地図もない状況でアジトの島に行けるわけないじゃん!」
「地図なら俺の頭に入ってる。いいから黙って足を動かせ」
クックはそうにべもなく言う。ジャニはクックがヤケでも起こしたのかと心配したが、彼の足取りはしっかりしていて、明確な目的があるようだった。
ジャニはクックが向かう山を見上げる。トゥーリカで登った山とは比べ物にならないほど小さく、小高い丘のような小山だ。数刻で頂上には辿り着けるだろう。
ずんずん進んでいくクックを追って、ジャニは小走りについていく。背の低い木立をかき分け、山の麓のなだらかな傾斜を登りながら、クックが口を開いた。
「ゲイル討伐のために海に出た探検家と、トルソで会ってな。サラスーザの場所を教えてもらう代わりに、ゲイルの情報をやった。それと、俺たちの船をつけてくればゲイルに会えるだろうとも話した」
ジャニはトルソで目撃した豪華な帆船を思い出していた。
「あぁ、あの大きな船に乗っていた派手な人だね。アドリアン・ロペスって人?」
「そうだ。だからあいつらの乗っている船が、翼獅子号を追ってこの辺りにも来ている可能性が高い。まだゲイルにやられてなければの話だけどな」
クックが肩をすくめる。ジャニはやっと納得した顔で手を打った。
「そうか! だから山に登って船を探すんだね。それで、船に乗せてもらう!」
「そういうことだ。お前の目に期待してるぞ」
「うん! 頑張って見つけるよ!」
ジャニの絶望で打ちひしがれていた心が少し回復した。まだ、終わりではない。このまま二人で死を待つだけなのかと目の前が暗くなったが、わずかな光明が差した。
山は砂と細かな石が転がる溶岩台地で、植物も生物もなく殺風景だった。
二人で黙々と山を登り、頂上にたどり着くまではそれほど時間がかからなかった。
山の頂から見回す海は目にも鮮やかなコバルトブルーで、こんな状況でなければ美しさに驚嘆しただろう。
ジャニは必死に船がないかと目を凝らしたが、見つけられなかった。
「まぁ、狼煙でもあげながら気長に待とうぜ」
クックは小脇に抱えていた植物の束を下ろして言った。山の麓に生えていた植物を選り分けて採ってきていたのだ。
ベルトに括り付けた小袋から火打ち石を取り出し、クックは手際良く火起こしを始めた。火が育つまでしばらく時間がかかったが、やがて大きな火が燃え上がり、薪をくべていくともくもくと白い煙が立ち昇りだした。
クックとジャニのいる山が一番標高が高く、木などの遮蔽物もないので狼煙は広範囲で目に留まるはずだ。海も広く見渡すことができる。クックがこの島を選んだのもそういう考えがあってのことだろう。
二人は背中合わせに座り、それぞれ海を監視していたが、沈黙に耐えきれなくなったジャニが口を開いた。
「船長、なんで俺のこと庇ってくれたの?」
「別に庇ったわけじゃねぇ」
クックの返答はそっけない。ジャニはしゅんと俯いた。
「マハリシュにあれをもらった時、すぐに報告すればよかった。ごめんなさい」
「その時は宝箱の鍵だとは知らなかったんだろ? しょうがないさ。俺だって、キアランに付け入る隙を作っちまった」
「そうだ! キアランといえば」
ジャニはサラスーザで見たキアランの行動をクックに話した。クックの顔がグッと険しくなり、次いでなぜかその口から笑いが漏れた。
「そうか、そういうことか! そんなことにも気づかないとは、俺も鈍くなったもんだ。まさかあいつが、ゲイルと内通してたとはな。だから俺を船長から降ろしたかったのか」
「え、内通って・・・・・・どういうこと?」
よくわかってないジャニに、クックは説明する。
「おそらく、キアランはゲイルから傘下に入らないかと誘われている。報酬に釣られたか、脅されたかはわからんが。
宝箱はイグノア海軍も狙ってる。そのうち艦隊が自分達を追ってくるだろう。ゲイルと力を合わせればそれにも対抗できるし、宝を見つける機動力も手に入る。宝は山分けになるだろうが、リスクをだいぶ減らせるってことだ。
それを船員達に提案しようにも、ゲイルを目の敵にしている俺がいる限り賛同は得られない。だから俺を船から降ろしたかったんだろうな。だが、甘いな」
クックは人の悪い笑みを浮かべた。
「ゲイルが宝を山分けするわけがない。キアランはいいように使われてるだけだ。ゲイルの傘下に入ったが最後、利用され尽くして殺されるのがオチだろう」
「そんな! じゃぁ翼獅子号のみんなが危ないってこと!?」
ジャニが顔色を青くする。しかしクックは首を振った。
「ロンがいる限り、キアランの思い通りにはならないだろう。あいつがなんとかしてくれるさ」
クックは紺碧の海を見下ろしながら、ぽつりと自嘲するように呟いた。
「俺もカルロスのこととやかく言えねぇなぁ」
「カルロス・・・・・・?」
気になる名前を聞き留めて、ジャニが小首を傾げる。
クックはしばらく黙っていたが、狼煙の火を調節しながら訥々と語り始めた。
「カルロスは、どうしようもない悪ガキだった俺を拾って育ててくれたやつだ。バルトリア島周辺の海賊を仕切る首領で、翼獅子号の船長だった。みんなから信頼されてて、恐ろしく強いやつだったけど、人を信じすぎるきらいがあってな。そのせいで十年前に死んじまった」
「どうして?」
聞いてはいけないだろうかと思いながら、ジャニは好奇心に抗えず尋ねてしまった。
クックは遠い目をしていた。その瞳は過去を見つめていた。
「昔、カルロスが十六歳のとき、同じ海賊船に乗っていた同い年の男がいた。
そいつはとある事情でその船に乗り込むことになったんだが、プライドの高い男でな。自分は海賊なんかで一生を終えるつもりはないと話していたそうだ。
性格が正反対のカルロスとはぶつかることも多かったが、時を経るうちに二人は相棒のような存在になっていった。俺とロンみたいな。
だが、一人の女を巡ってカルロスとその男はもめてな。男はバルトリア島を去った。
そして、あろうことかイグノア海軍に入りやがったんだ。男の密告で、たくさんの海賊が捕まって縛り首にされた。そのかわり、男はどんどん昇級していった。
海戦での有能さも買われ、とうとう提督にあと一歩という地位までのぼり詰めた。
カルロスとその男は長い間、海軍と海賊という立場で戦い続けた。力は拮抗し、決着はつかないままだった。
大海賊となったカルロスの首をとれば、自分は提督になれる。あいつはそう考えていたんだろうな。そして、男はカルロスの弱点を知っていた。
ある時、男はカルロスに密書を送った。
『この不毛な争いを終えよう。昔のように、二人きりで話し合おうじゃないか。いつか話していた、お前の“夢”を実現させる時が来た』と」
「夢?」
ジャニの問いかけに、クックは口の端を歪めて笑った。
「その“夢”と、人を信じすぎるところ。それが、カルロスの弱点だったんだ。
もちろん、カルロスの周りの人間にその話をしたら皆全力で止めただろうさ。明らかな罠だ。俺だって、止められるものなら止めたかった」
クックは悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「カルロスは、男がすっかり変わってしまったことを受け入れられなかったんだ。昔のように酒を飲み交わせると、あいつは本気で信じていたんだろうな。
カルロスは誰にも告げずにその男に会いに行った。二人しか知らない場所へ。そして、待ち受けていた海軍の軍団に捕まった。カルロスは処刑され、遺体は海に吊るされ見せしめにされた。嵐が来て、すぐ遺体は流されちまったがな」
クックの目は、どこか海の遠くにいるその男を睨みつけるように鋭く細められていた。
「リチャード・ディオン。俺はあの男を、絶対に許さない」
その名前を聞いた時、ジャニの記憶の奥底にさざ波が立った。その波紋は音もなく広がっていき、ジャニの鼓動を早めた。
(な、なんだかめまいがする・・・・・・)
息苦しさも感じ、ジャニは体を縮こまらせた。耳鳴りがする。また、思い出したくないことを思い出してしまいそうになる。
「お、おい。大丈夫か?」
様子がおかしいジャニに気づき、クックが顔を覗き込む。
「日差しにやられちまったか?とりあえず、水を飲め」
下船の際に配給された水をクックが渡してくれる。冷たい水をゆっくり飲んで、クックに背をさすられているうちに、ジャニは少し気分が回復した。
「よし、今のうちに食料調達してくるか!」
顔色が戻ったジャニを見て安心したのか、クックがそう言って勢いよく立ち上がった。おもむろにシャツを脱ぎ、ジャニに放り投げる。顔面でシャツを受け取ってしまったジャニは短く悲鳴をあげた。
「それでも被って日差し避けにしとけ! 船を見落とすなよ!」
そう言いながら、クックは軽やかに山を降りていく。言われた通りシャツを頭からかぶりながら、ジャニは海を見渡して船がいないかと目を凝らした。
(このまま、船が見つからなかったらどうしよう)
一人になると、ついそんな弱気な心が頭をもたげてしまう。
(この島には動植物が少ないし、果物や動物を狩るのは無理そうだ。渡された食べ物もちょっとしかないし、なくなったら・・・・・・飢え死にするんだろうか)
こんなに暑いというのに、ジャニは悪寒を覚えた。この天国のような美しい海に浮かぶ島で、自分とクックの白骨死体が浜辺に取り残されている様を想像し、ゾッとする。
(ていうか、船長は何を採りにいったんだろう?魚かな? でも銛もないのに魚なんてとれるんだろうか。せめて捕まえられても海亀くらいだと思うけど、まさか亀を食べるなんて・・・・・・)
そんなことをぼんやりと考えているうちに、クックが戻ってきた。海に潜ってきたのか、全身ずぶ濡れである。
そして彼が抱えて持ってきたものを見て、ジャニは思わず顔をひきつらせた。
一抱えもある海亀が、パタパタと手ひれ足ひれを動かしていたのだ。ご満悦の表情のクックは、自慢げに亀を突き出して見せる。
「今日はご馳走だな!」
ジャニは考えを改めた。クックといる限り、早々に死ぬことはなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます