忘れられた神 4



 通路の奥には、再び下へと向かう階段が口を開けていた。


 口数少なく、階段を降りていく。だんだん深くなっていく暗闇に、皆の胸中で不安が広がっていた。永遠にこの遺跡から出られないんじゃないか、いつか羽の光が消えてしまって、漆黒の闇の中に取り残されてしまうのではないかと言う恐怖が脳裏を掠める。


 階段を降りた先は、迷路のように入り組んだ通路が続いていた。

 しばらく進んだ頃、しんがりを務めていたウルドがしきりに後ろを振り返るようになった。そのすぐ手前を歩いていたジャニは彼の様子に気づき、なんだか嫌な予感がして声をかける。


「ねぇウルド、どうしたの?」

「おいこら、どうしたんだロビン!」


 その時、メイソンが焦ったような声を上げた。見ると、ロビンが無理やりメイソンの着ているシャツの胸元に頭を突っ込んでいた。中に入りたいらしい。

 ボタンを緩めてやると、ロビンは飛び込むようにシャツの中に入ってしまった。


「どうしたんだ、こんなに震えて」


 メイソンは当惑した顔で小刻みに震える胸元を両手で包んでいる。背後の闇を見つめていたウルドが、鋭く囁いた。


「誰かいる」


 束の間沈黙が落ちた。

 ジャニは肌が粟立つような恐怖を感じた。こんなところに、自分達以外一体誰がいるというのだろう?あの穴から誰か入ってきた?自分達をつけてきたというのか?それとも・・・・・・。


「ちょっと持ってろ」


 クックがグリッジーに羽を渡し、ウルドの元に歩いてきた。その手は剣の柄を握っている。クックもまた、ウルドと同じように何かを感じ取っているようだった。

 目は鋭く細められ、闇の中の一点を注視している。

 突如、空を切り裂いて槍が突き出された。

 黒い石の刃がきらりと瞬きクックに飛びかかる。クックは剣を抜いて槍を振り払った。きぃんと甲高い音が響き渡る。そして息つく暇もなく再び槍が襲いかかってきた。

 クックが剣を上段に構えて槍を受け止める。弾き返そうとするも叶わず、クックは力で押されている自分に愕然とした。


(俺が力負けするだと!?)


 ぐっと歯を食いしばり、力を横に逃す動きでなんとか槍を払い除ける。


「走れ!」


 クックの怒号で、突然のことに動けなくなっていたジャニたちは弾かれたように駆け出した。羽を持つグリッジーを先頭にジャニ、メイソン、ベケットが続き、ロンとウルドがクックの援護をしながら後ろを守る。

 闇の中で撃ち合いながら、クックは違和感を感じていた。相手の呼吸が聞こえないのである。足音もしない。そもそも相手の姿が全然見えてこない。生き物の気配が感じられず、ひとりでに襲いかかってくる槍と対峙しているような感覚だった。

 その時、ウルドが大きく動いた。

 クックが槍と鍔ぜりあっているタイミングで、槍に向かって自分の斧を思い切り振り下ろしたのだ。槍が半ばから折れ、石の刃が騒々しい音を立てて地面に転がった。


(いまだ!)


 槍が無くなったこの隙に相手の間合いに飛び込もうと、クックが大きく踏み込む。そして闇の中に浮かび上がった相手の姿に、クックは文字通り凍りついた。

 相手はウルド並みの巨体だった。クックより頭ひとつ分大きい。羽根飾りのついた兜をつけているのでその姿はさらに大きく見えた。顔には仮面をつけているので表情がわからない。槍を失った手には、石を削り出して作ったような荒々しいナイフが新たに握られていた。腰布のみをまとったその姿は、先程壁画で見た戦士の姿に酷似している。

 蒼い石で作られた仮面の無感情な瞳が、じっとクックを見つめる。クックはぞわりと全身の毛が逆立つのを感じた。思わず数歩後ろに下がる。


「退け!」


 横で身構えるロンたちに、クックは短く吠えた。訝しげに視線を投げかけるロンに、クックは相手から目を逸らさず呟く。


「こいつはこの世のものじゃない」


 ロンはその言葉の意味を計りかねたが、クックのただならぬ様子に戦闘態勢を解いて踵を返した。

 とにかく、この襲撃者とやり合うより、先に進むことを優先した方が良さそうだ。

 ロンとウルドはしんがりをクックに任せ、グリッジーたちに続いた。

 クックは後ろに下がって移動しながら、仮面の男から突き出されるナイフを剣で防いでいた。その凄まじい力に舌を巻く。打ち合いにおいて力負けなどしたことのない自分が押されている。その突きの素早さも人間離れしていた。クックは攻撃をかわして防ぐので精一杯だった。


 一方グリッジーのすぐ後ろに続いて走っていたジャニは、ふと湿った匂いを嗅ぎ取って眉を顰めた。


(水の匂い・・・・・・?)


 とっさにそう思ったが、こんな古い遺跡の中でまさかとその考えを打ち消す。


「おいおい、船長は何と戦ってんだ!? 先住民が襲ってきたのか!?」


 後ろを振り返りながらグリッジーが誰にともなく問いかける。羽を持っている彼からはクックの対峙する相手の姿が見えない。剣を交える音だけが聞こえてくるので不安が増しているのだ。

 ジャニもグリッジーにつられて後ろを振り返り、口を開きかけたところで足下に違和感を感じた。急に足場の悪いところに出たようで、つまずきそうになって慌てて前に顔を戻す。


「うおっ!?」


 グリッジーの驚いたような叫び声が聞こえたと思った次の瞬間、ジャニは足元に開いていた大きな穴に足を踏み入れてしまっていた。

 一足先に穴に落ちたグリッジーが宙を舞っている。グリッジーの持っている羽の光が照らし出したのは、眼下に突如現れた泉だった。どこまでも続く暗い水面に、グリッジーとジャニは頭から突っ込んでいた。

 水面に叩きつけられた衝撃に頭が揺さぶられる。湧き上がる泡の中で必死に目を開けたジャニは、見えた光景に思わず息を漏らしてしまった。

 水質は非常に透き通っていて、ケツァクァトルの羽のおかげで青白い光が充満し、泉の中が見渡せる。そして泉の底には、おびただしい数の人骨が沈んでいた。よく見ると大きさは様々だが頭蓋骨ばかりが並んでいる。額の部分に穴の空いたものが多く、何かで叩き割られたような傷がどの頭蓋骨にも見られた。

 頭蓋骨たちの虚な眼窩が、じっとこちらを見上げている。

 ジャニの脳裏には、先程見た壁画に描かれていた生贄の絵が浮かんでいた。泉の中の頭蓋骨の絵。血を流して泉に放り込まれる人々。

 慌てて水面に顔を出し、大きく息を吸い込む。グリッジーも水面に出て荒い息をついていた。彼もあの頭蓋骨を見たのだろう、顔が恐怖で引き攣っている。


「こ、この泉はなんなんだ」

「うわぁぁ!」


 上の方から叫び声が聞こえてきて、見上げるとメイソンとベケットがジャニたちと同じように穴から泉に落ちてくるところだった。派手な水飛沫が飛び散る。あの暗がりでいきなり足元に空いている大穴にみんな気づかないのだろう。

 二人が落ちるのを目撃したのか、穴からロンとウルドが顔をのぞかせた。眼下の泉に浮いているジャニたちを見て驚いた顔をした。


「まさか、遺跡の下にこんな泉があるなんて」


 ロンは呟き、後ろで未だ仮面の男と攻防を続けているクックを振り返った。


「クック! この先は地下の泉に繋がってる! みんな泉に落ちた」

「その泉に水路はありそうか!?」


 剣を交えながらクックが尋ねる。ロンが泉で立ち泳ぎをしているメンバーに周りに水路か何かないか尋ねると、グリッジーが一方向に指を差し向けた。


「あっちに向かって流れがある! もしかしたら外に続いているのかもしれない!」


 泉の周りは自然にできた巨大な洞窟のようになっていたが、グリッジーが指差した先に洞窟が続いているようだった。緩やかだが泉に水流があり、少しずつ体が押し流されて行くのを感じる。

 ロンがグリッジーから聞いた内容をクックに伝える。クックは思い切り力を込めて仮面の男のナイフを振り払うと、踵を返して走り出し、ロンとウルドの背中を突き飛ばして三人一緒に穴から勢いよく飛び降りた。

 大きな水飛沫が上がり、先に泉にいたジャニたちは慌てて顔を庇った。

 水面に顔を出したロンがクックに文句を言う。


「おい、突き落とすことないだろうが!」

「悪い、だが少しでも隙を見せたらあいつにやられてた」


 クックが睨みつける先にロンも目をやると、穴からこちらをじっと見下ろす仮面の男がいた。

 しかし、目の錯覚だろうか、男の姿がどんどん薄れていく。

 やがて闇に紛れて消えてしまい、ロンは自分の目を疑った。


「この世のものじゃないって、まさか・・・・・・」


 青ざめた顔でクックを見る。

 クックは男が消えたところをまだ睨んでいたが、ふと表情を緩めると大きくため息をついた。


「さぁ、こんなところ、とっととおさらばしようぜ」




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