忘れられた神 3
気を失っていたのはそこまで長い時間ではないようだ。
ぱらぱらと顔にかかる細かな石屑に、ジャニは意識を呼び戻された。はっと目を見開くと、自分を庇って覆いかぶさっているクックの顔が飛び込んでくる。
「大丈夫か?」
クックに尋ねられ、ジャニは一瞬状況を把握できず黙り込んだのち、うなずいた。
そうだ、さっき巨鳥に襲われてパウロが攫われた後、足場が崩れて皆で遺跡の中に落ちたのだ。
クックの顔の向こうに、先ほどまで自分達が立っていた祭壇の足場が見える。大きく穴の空いた部分から太陽の光が一筋差し込んでいた。落ちた高さは大したことなかったようで幸いだった。
ジャニは手足をゆっくりと動かし、折れたりしていないのを確認してゆっくり起き上がった。
「ありがとう。船長は大丈夫?」
尋ね返すと、クックも起き上がってうなずいて見せた。その横でウルドが頭をさすりながら起き上がっている。
「おーい、みんな無事か!?」
クックが声を張ると、あちこちから返事が返ってきた。ジャニとクックのいる場所にしか光が差し込んでこないので良く見えないが、どうやらみな大事はないらしい。
瓦礫を押しのけるような音がして、一人また一人とクックたちのところに集まってきた。ロンが未だショックの覚めやらない青い顔をして近づいてくる。
「早く外に出て、パウロを助けないと!」
切羽詰まった様子でクックに言う。
「そうだな、とりあえずここから出ないとだ」
クックが冷静に返すと、ロンは俯いてぎりっと歯噛みした。
「私のせいだ。卵を持って行こうとしたからあの鳥に襲われたんだ。パウロに何かあったら私はどうすれば・・・・・・」
「今は後悔してる場合じゃないだろう。やれることをやろう。俺たちがここから出られないことにはパウロを助けることもできないんだからな」
「・・・・・・そうだな」
クックに諭され、ロンは少し落ち着いたようだった。
ジャニは改めて辺りを見回す。
皆が立っている場所は、先ほどの祭壇と同じようなつくりをしていた。石造りの床が広がり、向こうのほうは暗がりで見えない。落ちてきたところから登って脱出できないかと考えたが、ウルドが誰かを担ぎ上げたとしても天井には届かなそうだし、あの穴の淵に手をかけたらまた崩壊する危険もあるので難しそうだ。
その時、ふいに前方の暗がりの中でゆらりと光るものが現れた。
ジャニははっと息を呑む。その不自然に青白い光は、松明かとも思ったが炎ではないようだった。ぼんやりと熱を感じさせないその光は、まるで人魂のようにゆらゆらと揺れながらこちらに近づいてくる。
「な、なんだありゃぁ」
グリッジーが気味悪そうに呟く。他のメンバーもその光に気づいて思わず身構えたが、とうとう目前まで近づいてきた光の正体に気づくと脱力したようにため息をついた。
そこには手に巨鳥の羽を握りしめ、肩にロビンを乗せたメイソンが立っていた。
彼は興奮気味に手に持っている羽を突き出して見せた。
「おい、これすごくないか!? 羽が光ってるんだぜ」
彼の言う通り、先ほどの不気味な光はその巨大な羽から発されているようだった。内側から発光しているのか、羽自体が光源となっている。
ジャニはマハリシュの言葉を思い出していた。
「ケツァクァトルの羽は、それ自体が発光する世にも珍しい羽じゃからな」
金色に光り輝いているのを見てケツァクァトルの羽だと瞬時に思ったが、本当の特徴はこの闇の中で光ることなのだろう。
「驚いたな。こりゃぁ確かにすごい」
クックが感嘆の声を上げる。
「何にしても助かった。これで捜索しやすくなるな」
クックはケツァクァトルの羽を松明がわりに掲げて、自分達の立っている場所を捜索し始めた。
皆もクックの周りを固めて周囲を観察しながら足をすすめていたが、やがてジャニが「あっ」と声を上げた。
「あそこに階段があるよ」
ジャニの指差す方にクックが近づいて羽を掲げると、正方形に繰り抜かれた穴があり、中には下に通じる階段があった。巨体のウルドがギリギリ通り抜けられそうな穴だ。羽を持ったクックを先頭に、一同はゆっくりとその階段を降りていった。
階段を降りた先は円形の広間のようになっており、何か儀式にでも使われていたのか、ツボや石臼のようなものが置かれていた。広間の先には一本の細い通路がある。さっさとその通路に向かおうとしたクックを、ロンが呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。壁に何か描いてある」
ロンが指差す壁をクックが羽をかざして照らすと、ぼんやりと壁画が浮かび上がった。
よく見ると、広間を取り囲む壁全部に壁画が描かれている。その壁画の真ん中に大きく描かれているのは、両翼を広げた鷹のような鳥だった。
「これ、さっきのでかい鳥だよな」
グリッジーが絵を見て呟く。
確かにそれはあの巨鳥と似ていた。その鳥の絵の下には裸の人間たちが両手を上げて崇めるような格好をしている。鳥の背後には大きく太陽と思われる描写がしてあり、神々しい光が放射状に伸びていた。
「この建物は、もしかしたらあの鳥を祀る神殿だったのかもしれない」
壁画を見ていたロンがぽつりと言葉を発した。
マハリシュは、ケツァクァトルはエストニアの神話に出てくる鳥だと言った。あの大きさ、太陽のように金色に光り輝く姿、そして夜でも神々しく光を発する姿を見て、昔の先住民があの巨鳥を神の化身と見立てていたことは想像に難くない。そしてこの壁画である。トゥーリカの民の手によって、あの巨鳥を祀るためにこの建造物は建てられたのではないか。
「そうだとしたら、その神殿にその神様が巣を作ってるってのはなかなか皮肉だな」
クックはそう言って苦笑した。神殿を作った人間たちが姿を消した集落で、自分を祀るために建てられた神殿とは露知らず巣を作り、生息する巨鳥。
自分達を守って欲しいとの願いを込めて神殿を作ったであろう人間は絶え、神のみが生き残った。確かに皮肉な結果だ。
壁画には他にも色々描いてあった。羽根飾りの兜を被り、腰布をつけて槍を手にする戦士の絵。肉食獣の絵、農作物の絵。その中でも特に異色だったのは、泉に投げ込まれる血を流した人々の絵だった。泉の中には人骨の絵も描かれていて、おどろおどろしい。
「なんなんだろう、これ」
不安げに眉を顰めるジャニの横で、ロンがその絵を見ながら答えた。
「おそらく、生贄の風習に関する絵だろうな。エストニアでは太陽神に生贄を捧げる習わしがあったらしい。人の命によって太陽の寿命が伸びると信じられていたんだ。おそらくこの神殿は、神を祀るためと、神のための供物をささげる場所として作られたんだろう」
「え、ってことは、ここで生贄にされる人が殺されてた・・・・・・?」
「おそらくな」
ジャニが恐る恐る尋ねると、ロンは頷いた。
ジャニは両腕に鳥肌が立つのを感じた。ただの古臭い遺跡だと思っていたこの場所がふいに現実味を帯びたものになる。想像するしかない昔の人々の暮らしが、壁画で描かれることによって生々しく胸に迫ってきた。
「おい、先を急ぐぞ」
クックの声で我にかえり、ジャニは壁画に背を向けた。なんだか胸がザワザワしていた。一刻も早くこの遺跡から出たいと願いながら、遺跡の奥へと進むクックのあとを慌てて追った。
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