語る賢者 2



 猿たちの後をつけて行くと、やがてジャングルが少し開けた場所に出た。


 目の前に小さな池が広がり、その向こうには驚くほどの太さの幹を誇る巨木が立ち並んでいた。そして、その巨木の根元に小さなドアが見えた。

 どうやら巨木の太い根に守られるようにしてその下に家があるようだ。石造りの家の壁には木の根や蔦が張り巡らされ、遺跡のような外観になっている。どちらかというと、もともとあった石造りの建物が巨木に飲み込まれたといった様相だった。


「あれがマハリシュの家・・・・・・なのか?」


 その家を眺めながら、ロンが呟く。猿たちは道案内は終わりだとでも言うようにクックたちに背を向け、ジャングルに戻っていった。


「行ってみるか」


 クックたちはゆっくりと周りを警戒しながら、池の周りを巡回して家に近づいていった。

 ドアをノックしてみるが、反応がない。

 その後何回かノックを繰り返しても反応がないので、クックがドアノブに手をかけると、ドアはあっさりと内側に開いた。


「おーい、マハリシュさーん、お邪魔しますよー」


 グリッジーが声をかけながら中に入る。それに続いたジャニは、家の中の異様な様子に息を呑んでいた。


 家の中は思ったよりも広く、石造りの天井と床が奥の方まで続いている。その室内にぎっしりと、木製の棚がいくつも並んでいた。

 棚には仕切りが造られていて、その仕切りの一つ一つに不思議なものがガラスケースに入れられて展示されている。展示されているものの大きさに合わせて、仕切りの大きさもてんでばらばらだった。

 虹色に輝く鉱石もあれば、表紙がボロボロに劣化した本もあり、一つの棚全部を使って展示されている異国情緒あふれる柄の絨毯などもある。


「なんだこれ」


 パウロが圧倒された顔で呟く。

 ジャニも棚の中身を夢中で見ながら歩いていたが、足元に積んであった本の山に足を取られて顔から床に突っ込んだ。


「いってぇ」


 顔をさすりながら起き上がり、突っ込んでしまった本の山から右腕を出そうとして、ふとジャニは動きを止めた。

 右手が何かひんやりとしたものに触れたのだ。

 恐る恐るそれを掴んで、ゆっくりと持ち上げる。顔の前で手を開くと、そこには金色の四角い装飾品のようなものがのっていた。

 慌てて周りを見回すが、他のメンバーは部屋の奥に向かって歩き続けていて、ジャニが転んだのには気づいていないようだ。もう一度それに目を落とす。

 手にずしりと重さを感じる。

 やや埃をかぶっているが、金色の輝きはジャニの目を釘付けにした。

 大きさはジャニの片手に収まるほどで、形は長方形、カードのようなシンプルな形をしている。表面には色とりどりの宝石が、星座のように不規則に嵌め込まれていた。

 なぜかジャニは無性にこの装飾品に心惹かれた。誰もこちらを見ていないことを確認して、そっと自分のズボンのポケットに滑り込ませる。そして何事もなかったような顔をして皆に合流した。


「気味が悪い。何かの標本なのだろうか」


 ガラス瓶の中に浮かぶ謎の物体を指差してベケットが言う。


「こっちには頭が二つある蛇の剥製がある」


 ロンが指差したところには、頭部が二股に分かれ、それぞれが牙を剥いて威嚇している蛇の剥製があった。そのほかにも、ロンにとって垂涎ものの医学書や、眩い装飾品なども無造作に展示されている。


「あぁっ! この宝石は本物のスマラグドスじゃねぇか! なんて大きさだ」


 鶏卵ほどの大きさもある緑色の宝石がついた首飾りをみて、グリッジーが身悶えしている。今にも手を伸ばしそうなその様子に、クックが釘を刺した。


「おい、展示品に手を出すなよ。俺たちはここに略奪に来たんじゃないんだからな」


 ジャニはびくりと身をすくませた。ポケットの中に手を滑り込ませ、先程拾ったものを指でなでる。


(やっぱりこれ、元に戻したほうがいいよね)


 そう思い直してポケットの中のものを出そうとした時、部屋の奥でパウロがわぁっと叫んだ。

 皆で慌てて声のした方に駆け寄る。

 パウロは顔を青くして部屋の隅にある本の山を見つめていた。

 よくみると、その本の山の下から人間の手が突き出ている。手は力なくだらりと床に投げ出され、骨と皮だけのように痩せ細っていた。


「し、死んでる・・・・・・?」


 皆で恐る恐る近づく。


「ぬあぁーっ、よく寝た!」


 突然、本の山が勢いよく内側から崩壊して中から手の持ち主が起き上がった。

 クックたちは思わず声を上げて後ろに飛び退る。パウロは驚きのあまり後ろに転んで尻餅をついた。


 手の持ち主はミイラのように痩せ細った老人だった。灰色がかった不健康な肌、てっぺんが禿げ上がった頭には申し訳程度に白髪が生えている。白い顎髭は絡まりながらヘソのあたりまで伸びていて、腰布しか身につけていない体はあばらが浮き出ている。深く皺が刻まれた顔の中で、琥珀色の瞳だけが爛々と輝いていた。

 その目がクックたちを見回し、キラリと光る。


「おや、お客さんかね」

「あんたがマハリシュか?」


 クックが訝しげに尋ねると、老人はにやりと笑った。


「マハリシュ、マハリシ、賢者と呼ぶものもおる。ま、なんと呼ばれようが気にせんがの。しかし、よくここまで辿り着けたな。猿たちには出会わなかったのかね?」

「あ! あの猿たちにピストルを渡したのはあんたか! 酷い目にあったぞ!」


 キアランが声を荒げてマハリシュに詰め寄る。マハリシュはキアランを見上げて鼻で笑った。


「先に手を出さなければ彼らは襲いはせん。あんたらが不用意に銃でも撃って怒らせたんじゃろ」


 キアランはぐっと言葉に詰まった。マハリシュは足元で可愛らしく小首を傾げているロビンに目をやり、優しく微笑む。


「そうか、おまえさんが彼らとの架け橋になったんだね。賢い子だ」


 ロビンは照れ臭そうにメイソンの肩に駆け戻り、小さく鳴いた。


「わしが彼らにピストルを渡したのは、猿に武器の使い方を教えれば使えるようになるのか、武器をどう扱うのか気になったからじゃ。結果、彼らはこの島の優秀な衛兵になってくれた。時々ここの展示物にある値打ち物を略奪しにくる不届きものがいるもんでな」


 マハリシュの言葉に、ジャニはぎくりとみじろぎする。


「だが、彼らがここまで案内してきたということは、あんたらそこまで無粋な奴らではなさそうだな」


 マハリシュは本の山から立ち上がり、ぐるりとクックたちを見回した。


「さて、どんなご用件かな?」



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