語る賢者 1




 嵐が少し落ち着いた頃を見計らい、クックたちは錨を降ろして停泊し、手漕ぎボートを降ろして何人かでサラスーザに上陸することになった。

 クック、ロン、キアラン、メイソン、グリッジー、ウルド、ベケット、パウロが選別されボートに乗ることになったが、さらに一人名乗りをあげるものがいた。


「俺も行きたい!」


 ジャニが口を真一文字に引き結んで手を高々と上げている。ロンはため息をついて首をふった。


「何がいるのかわからない島に上陸するんだぞ。危険だ、連れて行けない」

「俺の目はなにかと役に立ってきただろ! 賢者に会ってみたいんだ、連れてってくれよ!」


 自分を連れて行けと訴えて止まないジャニに、とうとうクックが折れた。


「うるせぇなぁ、わかった! パウロ、お前責任持って面倒見ろよ」

「は、はい」

「やったぁ!」


 歓声を上げてジャニが舷門から足場を伝い、パウロに続いて下で待機している手漕ぎボートに乗り込んだ。それに続こうとしたクックは、横で剣呑な眼差しを送ってくるロンに気づいて片眉を上げる。


「なんだ」

「お前、ジャニに甘すぎないか?」

 クックはロンの言葉にただ肩をすくめて、ボートへと降りていった。ロンは再びため息をついてその後を追う。


 まだ荒い波を超えてボートを進め、島の砂浜に上陸したクックたちはボートを引き上げ、念の為低木の茂みの下に隠した。

 白いサラサラとした砂浜の向こうは、唐突に熱帯雨林が広がっていた。森の入り口は、黒い牙を剥く怪物のように、生い茂った木々が鬱蒼としている。森の中は暗く、息苦しさを覚える湿気が立ち込めていた。


「みんな、はぐれないように気をつけて進めよ。特にそこのガキ二人な」


 クックがパウロとジャニを指差して注意する。

 九人はできるだけ間隔を空けないようにしながら、周りに目を配りつつ森の中に足を踏み入れた。

 森に入るとさらに光は少なくなり、空を覆い尽くすように広がる背の高い樹木がこのジャングルを別世界に分け隔てているようだった。皆が足を踏み出すたび、小枝が折れる音や落ち葉が擦れる音が響く。遠くの方で、何か得体の知れない動物が鳴きかわす音が聞こえてくる。


「こんなジャングルの中に、本当に賢者が住んでいるのか?」


 ロンが訝しげにクックに聞く。


「アドリアンが嘘を言ってなければ、そのはずさ。そんな回りくどい嘘をつくやつには見えなかったけどな」


 クックもそう言いながら、不安は拭えないらしい。この森には人の住んでいる気配は微塵も感じられない。


「まぁ、海図を見る限り大した大きさの島じゃねぇから、探索して行けばそのうち見つかるだろう」


 わざと明るい声をあげてクックが皆を鼓舞する。

 周りを警戒しながらしばらく進んだ頃、クックとウルドがしきりに後ろを振り返るようになった。クックがウルドに声をかける。


「お前も何か感じるか?」


 ウルドは無言で頷く。


「な、何を感じるんです?」


 張り詰めた表情で聞くキアランに、クックはあごの無精髭をいじりながら小声で答える。


「誰かに見られてるような気がする。でもなんか変なんだよな」


 その時、頭上でバキッという乾いた音が響き、折れた枝がキアランの頭上に降ってきた。


「ひい!」


 驚いたキアランは後ろに後退り、横切っていた木の根に足を取られて後ろにひっくり返った。その際、彼は手に持っていた拳銃の引き金をうっかり引いてしまった。

 ジャングルの湿った空気を、鋭い銃声が切り裂いた。何かが甲高い声で鳴きかわす声が響き、木に止まっていた鳥たちが羽ばたいて逃げる音がする。周りの気配が変わった。目に見えない敵意が、至る所からクックたちに向けられている。


「動くな」


 クックが抑えた声で言う。

 みな、息をひそめて無意識に固まった。背中を合わせる状態で周りに目を配るが、薄暗いジャングルでは全ての影が敵に見えてしまう。木に絡まるツタ、風に揺れるシダ植物の影、ふいに飛び立つ派手な色の鳥たち。その時だった。再び銃声が空を切り裂き、キアランのすぐ近くの木に銃弾がめり込んだ。


「襲撃だ!」


 ベケットが叫んで、ホルスターからピストルを抜き、すぐさま撃ち返す。しかし手応えはなく、またどこからか銃弾が打ち込まれた。銃弾はベケットの足元で爆ぜた。


「だめだ、敵が見えない! 一旦身を隠せるところに逃げるぞ!」


 クックの号令で、皆は一気に走り始めた。

 先頭を走るクックを筆頭に、ロンがしんがりを務めて九人はジャングルの中をひた走る。パウロは遅れがちになるジャニの手を引いていた。

 銃声は鳴り続け、九人のそばの木の枝が吹き飛んだり足元の土が巻き上がったりしている。しかし後ろを振り返りながらベケットとロンが打ち返すも、全く手応えがなかった。地面を走っている足音は自分達の音しか聞こえない。

 それでも、敵の気配はどんどん近づいてくる。


「みんな、上見て!」


 おもむろに、ジャニが叫んだ。

 何事かと背後の頭上を振り向いた面々は、あっと思わず声を上げた。追跡者は、頭上の木の上にいた。ピストルを片手に軽々と木の枝やツタを伝って追ってくるのはなんと、猿の群勢だった。ロビンとよく似た見た目の、しかし二回りほど大きな猿たちが人間のようにピストルを駆使して追ってくる。


「嘘だろ!?」


 思わずグリッジーが絶叫した。ベケットが猿めがけて打ち返すが、軽々と違う木に飛び移ってかわされてしまう。猿たちは今では甲高い声で鳴き叫びながら仲間を呼び集めているのか、見るたびに数を増やしていた。


「なんで猿がピストルを!?」


 メイソンが息のあがった声で誰にともなく問う。その肩の上ではロビンが興奮してギャーギャー鳴きわめいていた。


「さぁな! とにかく、あの岩場に隠れるぞ!」


 クックが指し示した先には、大きな岩が木々の間に鎮座していた。その岩の下の地面がえぐられ、九人くらいならば身を寄せ合えば隠れられるほどの空間がある。

 クックの先導に従って、皆はその岩の下に飛び込んだ。ここならば迫り出した岩の影になっていて、上から攻撃を仕掛けてくる猿たちからは見えないだろう。


「一体どうなってるんだこの島は・・・・・・」


 グリッジーが汗を拭いながら呟く。

 皆、今しがた見た光景が信じられなかった。確かにロビンも手先が器用ではあるが、猿がピストルの使い方を習得することなど可能なのだろうか。

 しかし現に、武装した猿たちは岩場の上空でクックたちが出てくるのを待ち構えている。興奮した鳴き声が、途切れることなく頭上から降ってくる。猿がクックたちを見逃してくれる可能性は低そうだ。


「さて、どうしたもんか」


 顎髭をいじりながら思案するクックの横で、メイソンが自分の肩の上で騒ぐロビンをなだめている。


「ロビン、静かに! 仲間を見て興奮するのはわかるけどな、あいつらはお前と違って化け物じみてやがる」


 ロビンはそれに抗議するようにキーッと高い声を上げた。その様子をじっと見ていたジャニが、唐突にメイソンに問いかけた。


「ねぇ、ロビンはメイソンの言うことわかるんだよね?」

「あぁ?うん、そうだな、こいつは特別に賢いから、俺の言うことならだいたい理解できるぞ」

「じゃぁ、ロビンにあの猿たちと話して貰えばいいんじゃない? 俺たちは敵じゃないって」

「ははは! そりゃぁ傑作だ!」


 メイソンが笑い飛ばす。グリッジーも笑い、キアランとベケットはくだらないとでもいうように鼻を鳴らしたが、クックとロンはじっとジャニを見つめていた。その視線に気づいて、ジャニは恥ずかしそうに肩をすくめる。


「いや、さっきキアランが間違えてピストルを撃ってから猿たちが襲ってきたから、向こうは“襲われた”って思ってるんじゃないかなって。その誤解を解けば、許してくれるかなって思ったんだけど」

「猿と意思疎通が図れるはずないだろう!」


 キアランが苛立ったように声を荒げる。しかし、クックは「いや」とそれを遮った。


「でも実際、ロビンはメイソンの言ってることがわかってる。やってみる価値はあるかもしれない」


 クックが意外にも乗り気な様子に、キアランは虚をつかれた顔をした。


「メイソン、やってみてくれないか」


 ロンも真顔でメイソンに進言する。メイソンは最初戸惑った顔をしていたが、やがて頷いた。


「うまくいかなくても俺とロビンを責めねぇでくださいよ」


 一言言い添えてから、肩にいるロビンに話しかける。


「ロビン、あのデカいお仲間に、俺たちは敵じゃないって伝えてくれないか。打ったのもアクシデントで、あんたらを狙ったわけじゃないって」


 ロビンは澄んだ目をメイソンに向けてじっと耳を傾けていたが、メイソンに「頼んだぞ!」と背中をなでられると、彼の肩から飛び降りて岩場の入り口に移動し、甲高い声を張り上げて鳴いた。

 すると、頭上でしきりに鳴き交わしていた猿たちの声が少し静まった。

 一匹の猿が問いかけるような鳴き方をした。それに対して、ロビンがまた鳴いて答える。ロビンと猿たちは本当に会話しているような様子で、何回か鳴きかわすことを繰り返した。それを九人はじっと見守る。

 やがて、興奮していた猿たちの声は落ち着き、ほぼ聞こえなくなった。ロビンが岩場から走り出て、こちらを振り向いて可愛くキャッと鳴いた。

 メイソンとクックは目を見かわす。


「な、なんとかなったんですかね?」

「わからんが、ちょっと様子を見て見るか」


 クックが慎重に岩場の影から顔を出して頭上を見回し、仲間たちを手招きする。みんなで恐る恐る外に出て見ると、猿たちは木から降りて岩場の周りの至る所に座り込んでいた。ピストルを構えることはやめて、遠巻きにクックたちの様子を伺っている。


「おい、武器はしまえよ。あと、なんか食い物持ってるやついないか」


 クックが小声でみんなに声をかける。すると、ウルドが背負っていた麻袋からりんごを何個か取り出した。非常食に持ってきていたのだろう。クックはそれを受け取ると、ボスザルらしき一番体格の大きい猿にりんごを投げ渡した。

 ボスザルはりんごを器用にキャッチしてまじまじと検分した後、匂いを嗅ぎ、一口かじった。味が気に入ったのか、ボスザルの目がキラリと光った。


「ご機嫌直ったかな」


 クックはそう言って苦笑する。


「メイソン、ついでにロビンに、マハリシュの居場所を知らないか聞いてみてもらえないか? おそらくこの島に人間がいるとしたら彼らが知らないはずがないだろう」


 ロンの提案にメイソンは頷き、ロビンに伝える。ロビンがまた猿たちに向かって鳴いてみると、ボスザルが低い声で鳴き返し、くるりと背を向けた。そしておもむろに木に登りどこかに移動し始めた。他の猿もそれに続く。

 ロビンがこちらを向いて甲高く鳴き、ボスザルの後を追い始めた。


「ついてこいってことだろうな、いくぞ!」


 クックが意気揚々と走りだす。メイソンは顔を輝かせ、「さすがロビン!」と叫んで後に続いた。笑顔のジャニと、狐につままれたような顔の他の面々もそれに続く。


「おいおい、マハリシュってやつは猿のでっかいバケモンなんじゃねぇか?」


 グリッジーが誰にともなくぼやいた。





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