思わぬ再会 5



(ど、どうしよう!)


 ジャニは左目をわずかな隙間にあてて、外の様子を固唾を飲んで見ていた。

 翼獅子号の面々は捕らえられ、パウロは人質にとられている。ロンは武器を手放し、クックはまだ帰ってこない。絶体絶命だ。

 そしてジャニはというと、一人誰にも見つからないところにいた。

 甲板に置いてある、りんごなどの果実を入れておく樽の中だ。小柄なジャニの全身がすっぽり入るくらいの大きさである。

 そして樽は、バシリオの目と鼻の先にあった。運良くランタンの光の届かない場所なので、樽の中をわざわざ覗き込んだりでもしないとジャニのことは見つけられない。


 なぜそんなところにいるのかというと、単なる偶然だった。

 クックたちが帰って来るまで待機を言い渡されたジャニは、小腹が空いたのでこの樽の中の果実を食べに来て、なおかつ眠くなったのでさぼるのに最適な樽の中に潜り込み、うたた寝をしていたのだ。

 そして甲板の騒がしさで目を覚ましたら、こんな事態だ。


(パウロがあの蛇野郎に殺されちゃう!)


 ジャニの口の中はカラカラに乾いていた。心臓が早鐘のように打っている。

 樽から飛び出せば、バシリオのところにすぐ駆け寄れるだろう。幸い自分の存在だけは感知されていない。隙をつくことはできる。

 しかし駆け寄ってその後は?

 樽の中には数個のりんごと、自分の腰のベルトには芋の皮剥き用の小刀しかない。そんなものでバシリオの息の根を止めることはできないし、最悪自分もパウロも殺されてしまう。


(どうしたら・・・・・・)


 その時、ジャニは視界の端に赤いものを見た気がして、タルの繋ぎ目の隙間に左目を押し付けた。

 後列甲板、今は誰も立っていないその場所を、自分の視力全てを研ぎ澄まして食い入るようにみつめる。


(・・・・・・よし、行くしかない!)


 ジャニは何か決意するように頷くと、足元にあるりんごに震える手を伸ばして、掴んだ。そろりそろりと中腰になり、樽から飛び出さないように注意しながらりんごを振りかぶり、渾身の力で船鐘に投げつけた。

 船鐘がけたたましい音を立てて揺れる。皆がいっせいに鐘を見た。


「なんだ!?」


 バシリオの注意がそれ、パウロを拘束する手がゆるむ。


(いまだ!)


 ジャニは勢いよく樽から飛び出ると、バシリオに駆け寄って持っていた小刀を思い切りその右手に突き立てた。

 悲鳴をあげてバシリオが短剣を持つ手を引っ込めた隙に、ジャニはパウロの腕を掴んで引っ張り、そのまま船縁を乗り越えて夜の海に飛び込む。

 パウロも悲鳴をあげながら海へダイブした。


「クソガキぃ!!」


 憤怒の形相でバシリオが船のへりに駆け寄り、小さな水柱が二つ上がった水面を見下ろす。そしてためらいもなくホルスターからピストルを抜き、水面から顔を出したジャニに照準を合わせた。

 だが、銃声は響かなかった。

 後列甲板から舞い降りた人影が、バシリオに刀剣を振り下ろしたのだ。

 バシリオはすんでのところで剣撃をかわしたが、避けきれず肩に傷を負った。肩を押さえて後ずさり、バシリオが目の前に対峙する男を睨め付ける。


「クック・ドノヴァン・・・・・・!」

「悪い、みんな。待たせたな」


 そこに立っていたのは、ファルシオンを構えて立つクックだった。

 全身濡れている。海を泳いで船尾から後列甲板によじのぼり、バシリオからパウロを救う好機を狙っていたのだ。

 まさかのジャニが、その好機を作り出した。

 翼獅子号のメンバーはみな喝采をあげた。これで人質もいなくなった、形勢逆転だ。


「お前ら好きなだけ暴れろ!!」


 クックの怒声が響き渡ると、みな敵から武器を奪ったり素手で殴りかかったり猛反撃に出た。ウルドは両腕を縛られたまま、縄を持つ男を足蹴にして吹き飛ばす。


「ウルド!」


 テイラーが素早く駆け寄って、ウルドの縄を敵から奪った剣で斬り捨てる。

 自由になったウルドは、素手のまま手下たちにおそいかかった。剣を持つ相手に怯む様子もない。手下たちの方が震え上がって動きが鈍ったところを、容赦なくウルドの拳が叩き込まれていく。


 甲板の上はあっという間に大混戦となった。

 ロンも双剣を取り戻し、鮮やかに舞いながら手下たちを切り捨てていく。他の翼獅子号のメンバーも、武器を奪ったり自分の得物を奪い返したりして確実に手下たちの数を減らしていた。


「くそっ」


 自分達の方が劣勢になりつつあると気づいたバシリオが舌打ちをする。

 彼は肩の傷をかばいながらクックと打ち合っていたが、クックの強烈な剣撃におされて船縁に追い詰められていた。

 と、その時、船室からの階段を上がってきたキアランと三人の手下が見えた。キアランの手には小ぶりな宝箱が握られている。

 四人は甲板の大混戦に束の間驚いて動きを止めた。バシリオが叫ぶ。


「宝箱を奪って逃げるぞ!」


 キアランの横にいた手下がバシリオの声に気づき、キアランの手から宝箱を奪って走り出した。


「させるか!」


 それに気づいたバジルが、俊敏に反応して思い切り手下にタックルする。手下の手から宝箱が吹っ飛び、甲板に転がったところにみな我先にと飛びかかった。折り重なるようにして乱闘している人混みの中から、小柄な人影が飛び出す。


「へへっ、こういう時チビは有利だぜ」


 宝箱を勝ち取ったのはグリッジーだった。

 すばしこく甲板を走り回って手下たちから逃げ回る。しかし、手下の一人に足を引っ掛けられて派手に転んだ。

 その手から離れた宝箱を拾いあげ、手下がバシリオに向かって宝箱を思い切り投げる。


「取った!」


 バシリオが宝箱をキャッチして吠えた。

 クックがすかさずファルシオンを打ち込むが、バシリオは蛇のように柔らかくかわしてタラップに走る。それを追うように、手下たちも桟橋に飛び降りたり海に飛び込んだりして船を降り始めた。一斉に撤収するつもりだ。


「これさえ手に入ればこっちのもんだ!」


 宝箱を小脇に抱え、意気揚々と走るバシリオは、背後で「いけ!ロビン!」とメイソンが叫んだことに気づかなかった。

 突然、何か黒い小さな塊がバシリオに体当たりした。

 その毛むくじゃらの感触に、バシリオはぎょっとして身を翻す。

 それは、小柄な猿だった。立派な長い尻尾をピンと突き立てて走り去る猿を呆然と見ていたバシリオは、いつのまにか自分の右手に宝箱がないこと、その猿が宝箱を引きずるようにして持ち去っていることに気づいて叫んだ。


「なっ!?」

「ロビンでかした!」


 船に戻ってメイソンに宝箱を渡した猿は、勝ち誇ったようにキィ!と鳴いて見せた。船べりに集まってこちらをみているクックたちの顔には、余裕の笑みが広がっている。


「蛇が猿に負けてるぜ、ザマァみろだ」


 バシリオは歯噛みして船に戻るか迷ったが、思わぬ方角からこちらに突進して来る人の群れを見つけて足を止めた。

 先頭にいるのは派手な身なりをした金髪の若い男、アドリアンだ。

 足止めに送られた手下たちを蹴散らして港に戻ってきたところ、翼獅子号から逃げ出すバシリオたちに気づいて加勢してきたのだ。

 アドリアンの後ろには彼の船の船員たちが何十人か追随している。


「ゲイルの手下はここで私が成敗する! 覚悟しろ!」


 アドリアンが芝居掛かった台詞を吐きながらこちらに突っ込んでくる。

 バシリオは再び舌打ちをして、手下たちと共に入り組んだ港の街中に消えていった。アドリアンたちもそれを追いかけていく。


 翼獅子号の甲板は喝采に沸いた。

 ロビンはメンバーから労いの抱擁を浴びて嫌そうに縄梯子に避難していた。

 なかでもやんやの喝采を浴びたのは、海からパウロと共に引き上げられたジャニだった。キョトンとした顔で甲板に降り立ったジャニは、船員たちから惜しみない拍手と労いの言葉を貰って戸惑った顔をしている。

 いつも邪魔者扱いされるか、道端の石ころのように見向きもされてこなかったジャニにとって、それは嬉しくもあり、照れ臭くもある歓迎だった。


「坊主、こっちへ来い」


 皆の中心にいるクックがジャニを手招きする。

 船員たちは自然と道を開けてジャニをクックの前に押し出した。

 おずおずと船長の前に進み出たジャニは、クックが今まで見たことないような笑顔を自分に見せていることに驚いた。


「よくやったな。お前がバシリオの隙を作ってくれたおかげで踏み込めた。パウロもこの通り、無事だったしな」


 クックがパウロを抱き寄せる。

 パウロの顔は青白く、意気消沈していた。ロンがそんなパウロに歩み寄り、彼の手をとる。


「パウロ、すまない。怖い思いをさせたな。私がもう少し早く船に戻っていれば」

「いや、俺こそ・・・・・・俺のせいで、みんなを危ない目に合わせて、すみませんでした・・・・・・」


 パウロは震える声でそういうと、皆に向かって深々とお辞儀をしてみせた。船員たちはしかし気にする風もなく、「無事で何より!」と声をかけてくる。その優しさに、パウロは喉がグッとつまるのを感じた。

 今度は自分の方に向き直ったパウロに、ジャニはほっとしたような顔で笑いかけた。


「パウロ、無事でよかったーーーー」


 しかし、彼の顔を見て口をつぐむ。

 パウロは、涙ぐみながら怒っていた。


「お前は・・・・・・どうしてそう向こう見ずなんだ! お前が殺されるところだったんだぞ!?」

「ちゃ、ちゃんと考えてたよ! 後列甲板に船長がいることに気づいたから、このタイミングで行けば大丈夫だろうって・・・・・・」

「俺のせいでお前が殺されたら、俺はどうすればいいんだ! チビのくせに、怖かったろうに・・・・・・お前は・・・・・・」


 パウロの頬を、涙がいく筋も流れていく。

 戸惑うジャニを、パウロは力一杯抱きしめた。聞こえるか聞こえないかのか細い声を振り絞る。


「ありがとう・・・・・・」


 船員たちから温かい笑い声が湧き、二人はみんなから背中を乱暴に叩かれたり、抱擁されたりして激励された。

 メイソンから宝箱を渡されたクックが、甲板に響き渡る声で言う。


「俺の不在時に奇襲をかけられてすまなかった。三人の犠牲を出してしまった、後日ちゃんと水葬を執り行おう。次の目的地も決まったことだし、ここにいたらまた襲われるかもしれん、すぐに出港しよう」


 船員たちの威勢の良い返事が響き渡り、甲板は一気に騒がしくなった。


「ジャニ、パウロ。君たちはまず濡れた服をなんとかしないとな」


 ロンが二人に歩み寄る。しかしジャニは、大袈裟なくらい後ろに飛び退いた。


「お、俺は大丈夫だ! 自分でできる!」


 そう言い放つと、ロンの手から逃れるように船室にかけていった。ジャニは、人前で服を脱ぐことは断固として拒否していた。


「ロンさん、お願いがあるんですけど」


 ふと、パウロがためらいがちに何かいいかけ、ロンは小首を傾げた。


「なんだい?」

「今度、時間があるときに、俺に剣技を教えてください」


 何か決意したようなパウロの顔に、ロンは微笑んだ。

 今まで、戦闘を避けるようなそぶりを見せていた少年が、自分から剣技を教わりたいとは。


「いいよ。それに、ジャニにもそろそろ護身術程度に教えた方が良さそうだな。あの子は危なっかしいから」


 ロンがそう言うと、パウロはほっとしたようにうなずいた。


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