思わぬ再会 1



 数日後、翼獅子号はエストニアまでの航路の途中にある、トルソという小島の港に停泊した。

 この港は大きく穿たれた岸壁の中に存在する、洞窟状の港だった。人工ではなく、自然にできたものをそのまま利用しているので、外から島を眺めただけではそこに港があるとは気付かないだろう。


 トルソはエストニア大陸が発見された五十年ほど前から、大陸を開拓しようと息巻いた冒険者や、財宝を狙う海賊などが立ち寄って装備を固めたり、物の取引をする場として栄えていた。

 クックは、船に残って修理をする船員、港に降りて略奪品の売却・積荷の買い入れをする船員、デイヴィッド・グレイの宝箱の鍵の情報を集める船員に振り分けた。


「情報収集に当たるやつは出来るだけ地味にやれよ。宝箱を俺たちが持ってると知ったら襲ってくるやつも出るだろうからな」


 クックの言葉にうなずき、グリッジーを筆頭とした情報収集班は数人で港に降りていった。

 ジャニは、食材を買いに行くバジルの手伝いとして港に降りることができた。その際、パウロの姿を見つけて一緒に行かないかと誘ったが、パウロはロンの手伝いがあるからと言って断った。その時のパウロの顔がいつものぼんやりした顔と違って生き生きしていたことに、なぜかジャニは一抹の寂しさを感じていた。


「おい、坊主。ぼおっとするな。ここはスリなんかも多いんだからな、気を抜くなよ」


 バジルに声をかけられ、ジャニは慌てて顔を上げた。

 洞窟状の港はアリの巣のように四方に通路が作られ、その通路の両脇には露店が密集していた。その間を多勢の人々が押し合いへし合いしながら通っていく。ジャニは人混みに流されそうになりながら必死でバジルの後を追った。

 露店には色々な商品が並んでいた。ジャニが見たこともない形状の色鮮やかな果物や野菜、採掘のために使われるツルハシや道具、エストニアからとられたものだろうか、まだ加工などのされていない鉱石など。ジャニにとっては真新しいものが多すぎて、目がいくつあっても足りないほどだった。


「キョロキョロしすぎだろうお前は」


 バジルが呆れたようにジャニを見下ろす。「だって」と頬を紅潮させながら、ジャニは好奇心に輝く青い目をバジルに向けた。


「こんなに見たことないものがいっぱいあるんだもん! すごいや!」

「まぁ、“新大陸”から収穫されたものばかりだからな。センテウスやイグノアではまだあまり見れないだろう」


 “新大陸”エストニアは五十年前に初めて発見された。

 それまで世界地図にはセンテウス、イグノア、エンドラを中心とした“旧大陸”しか描かれていなかった。

 新大陸と旧大陸の間には広大な海が広がっており、人々の造船技術が発展するまで、その海を航海して渡ることは不可能だったのだ。近海を交易のために行き来するだけだった船は、だんだんと頑丈に、また積荷を多く載せられる大型船に進化していき、羅針盤や四分儀などの航海に必要な道具の進歩もあり、大海に夢を見出して冒険に出るものが現れ出した。


 まだ見ぬ新しい大陸があるのではないかと。


 経験したことのない荒ぶる海域に叩き潰され、気の遠くなるような長い航海の

間に餓死したりする者も多くいたが、人々の飽くなき探究心はとうとう新天地を見出した。

 その発見に旧大陸は大いに盛り上がった。

 最初に新大陸を発見したのはセンテウスの探検家だったが、それからは各国こぞって新大陸に群がった。今では早い者勝ちの要領でエストニアの広大な土地を奪い合っている。

 そのうち、ここトルソのような新大陸と旧大陸を繋ぐ中継港なども発展し始め、エストニアまでの航路は以前より楽になった。そして港が栄え出入りが激しくなった結果、トルソは人種のるつぼと化している。

 ジャニが見渡すだけでも、肌の色や目の色や顔つきといい、千差万別だ。

 共通しているのは、彼らのギラギラと輝く目だった。抜け目なく周りを警戒し、隙があれば横から獲物を奪い取る、ハイエナのような目をしている者が多くいた。確かにバジルの言う通り、気を抜いていると身ぐるみ剥がされてしまいそうだ。

 若干の恐怖を感じつつ、バジルにさりげなく身を寄せたジャニは、ふと強い視線を感じて左脇に目をやった。

 ある露天の影から、こちらをじっとみつめる男がいた。

 黒い短髪に、日焼けした肌、着崩した船乗り服。そしてなによりも人目を引くのが、顔の左半分に刻まれた蛇のタトゥーだった。左目を丸呑みするかのように蛇が大きく口を開けていて、そこから顎の先までグロテスクなほどリアルな蛇の胴体がとぐろを巻いている。

 まだ若く端正な顔をしているのだが、彼の紫色の瞳は卑しい光を宿していて、そのタトゥーと相まってどこか退廃的な雰囲気を醸し出していた。


「よぉ、バジルじゃねぇか」


 その蛇のタトゥーの男が、バジルに近づいて声をかけた。男に気づいたバジルが、あからさまに嫌そうな顔をする。


「バシリオか、てめぇに用はねぇ。さっさとうせろ」

「おぉ、ご挨拶だねぇ。久しぶりに会ったってのに冷たいじゃないか」


 ケタケタと笑う男を無視して、バジルはジャニの手を掴み歩みを早めた。その後をバシリオが興味津々の様子でついていく。


「おいおい、そのガキはどうした? まさか誘拐でもしたのか? その眼帯は虐待した痕か?」

「うるせぇ! バジルが虐待なんかするわけないだろ、この蛇野郎! 俺はバジルの助手だ!」


 バシリオの言葉にカチンときたジャニが振り返って怒鳴る。バジルが慌てて「黙ってろ」と注意するが、バシリオは嬉しそうに「ほほぉ〜」とからかうような声を上げた。


「お前みたいなガキになんの手伝いができるってんだ?」

「厨房の手伝いだ!」


 ジャニが答えると、バシリオは腹を抱えて爆笑した。


「なんてこった! かつては『カルロスの右腕』とまで言われたあんたが、今じゃガキを引き連れたコックに成り下がってるとはな! こりゃぁ傑作だ。まぁその足じゃしょうがねぇよなぁ」

「バジルを笑うな!」


 いきりたったジャニがバシリオに殴りかかろうとするが、バジルがジャニの襟首を掴み、その体を肩に担ぎ上げて止めた。静かだが凄みのある目でバシリオを見下ろす。


「俺が衰えたかどうか、試してみるか?」

「おぉ、怖い」


 バシリオはひょいと肩をすくめてみせた。鼻を鳴らして踵を返そうとしたバジルの行手に回り込み、バシリオは意味深な目をする。


「あんたがいるってことは、クックもここにいるんだろ? ここじゃ例の話でみんな持ちきりだぜ。伝説の宝が見つかって、とある海賊がイグノアの軍艦から奪ったって」

「なんの話だ」

「とぼけても無駄さ。あんたたちが持ってるんだろ?」


 バシリオの蛇のように狡猾な視線が、バジルの表情を舐め回す。バジルは少しも表情を変えることなく、行く手を阻んでいるバシリオの手を振り払った。


「その話は俺たちも聞いちゃいるが、残念ながら今のところご縁はねぇな。他をあたれ」


 そしてジャニを抱えたまま船に戻る道を歩き始めた。今度はもうバジルを追いかけて来ようとはせず、バシリオは暗い目をこちらに向けたまま佇んでいた。その姿をバジルの肩の上から睨みつけながら、ジャニが尋ねる。


「あの蛇野郎なんなの?」

「あいつは“マムシのバシリオ”っていうエンドラの海賊だ。奴隷商売で儲けてる腐った野郎さ。昔クックに商売を邪魔されて恨んでやがるんだ」


 バジルの顔は険しかった。独り言のように呟く。


「ただカマをかけてきたんだろうが、嫌な予感がするな」



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