第16話 作戦会議という名の
「例の宿場町で大規模な火災が発生したようです。」
朝一番に国王のもとに届けられた知らせだった。
「例の、か。」
「はい。強硬手段にでてきましたね。」
国王は思わず立ち上がったが、側近ライツの冷静な顔を見てまた腰を下ろした。
例の宿場町は、先日ワインによる国王暗殺未遂が起こった場所だろう。
犯人はその場で取り押さえたが、自死。どの様な意図で行われたのか、誰の差し金なのか、その背景はまったく見えることはなかった。
だがしかし、おそらくは南の国の手のものだろうということは察しがついていた。
「すぐに軍を回して消火、被害者の救出にあたれ。少し手厚めの援助を・・・」
「しておりますよ。今後も交易の拠点としては外せない場所ですからね。」
とライツは請け負う。
「あの宿場町がうちの国の庇護下にあるということを内外に示す機会でもあります。焼け出されたものたちへの一時的な避難所、食糧の補給を最優先に行います。軍のテントを使用しても構いませんよね」
「もちろんだ。」
国王の了承をもらったライツは小さく返事をし、すぐに部屋を後にしようとした。
その後ろ姿に向かって
「それと」
と国王が声をかける。
「なんでしょう。」
ライツが振り向いて尋ねるが、なかなか国王からの言葉が出ない。
何か言おうとして、壁を見て、天を仰ぎ、また何か言おうとしてやめる。
何を思い悩んでいるのか、ライツには察することができた。おそらく、あの宿場町にいたカレンという娘の安否を確かめろとでもいうだろう。とても執心していたから。
「もちろん宿場町の人間の安否についてもきちんと確認いたしますのでご心配なく。あそこは城下の下町よりも治安が落ち着いておりますから、住人の所在確認がし易うございます。でも、それは事態が落ち着いてから、ですよ。」
ライツは暗に念を押した。自分勝手な指示はダメですよ、と。
だけど公平に、国のためになるように、理由をつけなくては。
「南の国は、あの娘を消すことに成功したと、思っているかもしれん。もし発見できれ次第、身の安全を確保して王都へ連れてきた方がいいかもしれん。」
「なるほどそれはいいかもしれませんね。」
とライツがうなづく。
「あの娘を庇った男がいましたね。あれの家族が王都に来ている、とミリガンから聞いた覚えがあります。」
「なんだと。居場所は?」
国王の目が輝いた。
「確認しておきましょう。だから落ち着いてください、陛下。」
また国王は天を仰ぎ、そして唸った。
「これは独り言だがな。私はまたあの店の食事が食べたい。またあの店で皆と騒ぎたい。あの時が懐かしい。」
独り言だがな、と国王はもう一度付け加えた。
ライツは国王の部屋をでた。
早々に国王からの許しがでたことを現場に知らせてまわる。一地方の宿場町なのであまり話を大きくしてもいけないが、交通の要となる場所である。早めに軍を入れないといけないことは軍部でも共通の認識であった。
現国王が就任してからの軍は比較的規律良く、目的を同じくして素早い行動ができる。
(それも、南の国という敵国があるからだろうな・・・)
前国王の体制時はもっと内部の派閥争いのようなものが目立っていた。だが国王交代の際に軍幹部の体制も見直すと宣言し、年配の幹部にたくさんの勲章と褒賞を与えて実家の土地へ引っ込ませた。
(実際、うちの陛下は優秀なんだよな)
代わりに出てきた後継ぎのご子息たち一人ひとりに、目を見て話しかけて、頼むぞ、と握手を求めて回った。ライツやミリガンは王太子時代からの付き合いなのでそれが笑顔の仮面でおだてのおべっかなのはよく分かったが、はっきり言って国王は容貌が良い。あの姿で近くに寄られて綺麗な笑顔を向けられたら、大体の人間は悪く思わないだろう。結果、後継ぎ息子たちは国王に心酔した様子で忠誠を誓い、帰って行った。
(だけど、その陛下の心を掴んだのがあの娘とはねえ・・・)
世の中わからんもんだ、と思いながら、ライツはミリガンの居室へ向かった。
2回ノックをすると軽くミリガンの返事があったので中へ入る。
「なんですか、ライツ。」
「ノックだけでよく分かったな。」
とライツはライツの作業机の前に座った。ミリガンは相変わらず書類の山に埋もれている。
「わかりますよ、癖ってあるでしょう。」
「ノックにか?」
「そうですよ。」
へえ、とライツは感心した。
「ところで、例の国王がご執心の娘のことだが。」
「ああ、火災があったんでしょう?聞こえてきましたよ・」
と手元を見ながらミリガンが返事をする。
「あれを庇った男の家族が・・・」
「きてますね、王都に。」
こちらの話を遮って、どんどん話を続ける。さっきからミリガンのつむじしか見てない。
「どこから聞いた情報だ。どこにいるのか知りたい。」
と問うと、ミリガンが顔をあげた。
「男の妻と、息子が来ています。息子は確か事件当時現場にいた青年ですね。あれですか、娘の気を引く前に処分してしまおうという・・・」
「なんの話をしているんだ。」
「違うんですか?その可能性も考えて確認してきたんですが。」
「・・・ん?お前、見て来たのかその家族を。」
なんとなく、見てきたように喋るなと思った。
「はい、みてきましたよ。国立の診療所に見舞いに来ると言うので、こっそり顔だけ。」
「なんといつの間に。仕事をぬけだして行ってきたのか。」
これだけの仕事を抱えていながら、いつの間に行ってきたのか、と驚いた。実際ミリガンには情報収集能力の才があり、隠密行動に長けているのだが、仕事が早い。
いやむしろそんなことばかりしているので仕事が溜まっているのか。
「しばらくの間は王都に逗留するようでしたよ。あれは軍の落ち度ですからね、滞在先も少し面倒みてやらねばと思うのですが、手が足りなくて。」
滞在先か、とライツは腕組みをした。
「父親は回復に一定期間かかるときいている。少し高めの旅宿に押し込んで黙らせてやる手もあるが。」
「わたしは、仕事を与えてはどうかと思っています。」
「仕事?」
とライツは聞き返した。
「金を与えて豪遊させるのもアリですが、それではいつまで経っても金を無心され続けるかもしれません。一時的でいいので生活基盤を与えて、自分の力で生活をしているという気にさせるのです。」
「具体的には。」
「今考えているのは、ピアノのある店舗で飲食店を経営させることです。」
天使の取り分、悪魔の分け前 アイ村テェ子 @green_nowon
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